雨上がりの晴れ間に傘を回すのが好きだ。
傘を回せば、雨粒が飛んでいって、日差しに反射してキラキラ光る。
その光景がたまらなく好きで、雨上がりの晴れ間の楽しみになっていた。
小さい頃は「周りの人が濡れちゃうでしょ!」と怒られたもんだが、一応学習能力というものがあったんで学生になってからは一人の時にだけやっていた。
……の、だが。
「……っ」
「あ」
一人だと思っていた中庭に、もう一人いた。
そいつの胸には入学式で付けられたであろう花がついていたから新入生だとわかった。そうじゃなかったら、同級生だと思っただろう。それくらいそいつは大人びいた雰囲気を纏っていた。
咄嗟に謝ったものの、そいつはやけに俺を見ていた。
俺も視線を逸らせずに、新入生の様子をマジマジと観察してしまった。
女子が喜びそうで男子が毛嫌いしそうな優等生風のイケメン。身長は同じくらいで細身。細いフレームの眼鏡の下の瞳は妙な威圧感もあって、同じクラスでも関わりたくないなってタイプ。
それが、そいつ……花柳悠太郎、通称ゆたの第一印象。
まさかそれがきっかけで、長い付き合いになっていくとは当時の俺は知る由もなかった。
花柳悠太郎、高校1年。
櫻川卓人、高校3年。
ふたりが出会った初めての春の出来事。
天気のいい休日の昼下がり。
ベランダで数日分の洗濯物を干せば、洗濯カゴにはアイツのシャツやら何やら当然のように紛れ込んでいる。
俺よりもワンサイズ大きいシャツを手に取りハンガーにかければ、自然と舌打ちが出る。
出会った時には背は同じくらいの背丈だったくせに、ここまで差がつくとは……アイツの成長期異常だろって何回思ったかわからない。
「何度も言ってるけどさ、舌打ちしても体格差は変わらないから」
「……チッ」
シャツの持ち主がぬっとベランダに顔を出す。
俺よりワンサイズ大きいし、年下のクセに俺より大人っぽい男を見て、また舌打ちが出そうになる。社会人になってからより一層大人の男って感じが滲み出てるのも悔しい。
そんな気持ちが顔に出てたのか、ゆたはふっと口元を緩める。
「先輩、何飲む?」
「熱いほうじ茶」
「ん」
我ながら渋い選択肢だけど、コーヒーは苦くて飲めないし、紅茶は砂糖入れすぎでゆたに怒られるから無難にほうじ茶にしておく。それに紅茶って言ったら、砂糖を一杯しか入れさせてくれない可能性が高い。俺は砂糖三杯分の甘い紅茶が好きなのに。
逆にゆたはコーヒーのブラックが一番好きだという、この辺も舌打ちポイントだ。
ちゃっかりウチにドリップコーヒー常備してやがるし、なんだったら冷蔵庫にはビールまで置いてやがる。これも舌打ちポイントだが、俺はアルコールが飲めない。体質的に受け付けないらしく、飲んだらすぐ具合が悪くなってしまう。成人式後に仲間内で集まった飲み会で一杯目のビールを何口か飲んだだけでダウンしてからは、ほぼアルコールは口にしていない。ウチにはゆた専用ビール以外のアルコールといえば、消毒液しかない。ゆたは基本的にはなんでも飲めるらしいけど、俺が匂いでも気分悪くなるのをわかってるせいか他のアルコールは持ち込んでない。気を使われてるのか使われてないのかは不明。
頭の中でぼやきつつも洗濯物を干していけば、ベランダにコーヒーの香りが漂ってくる。
コーヒーの香りは嫌いじゃないんだけど、むしろ好きな方なんだけど、味がなぁ……
嗅覚と味覚は相思相愛ではないらしい。
「はーー茶がうまい」
「洗濯物、お疲れ様」
「おぉ。ゆたもお茶入れありがと」
「来週の予定、アプリに入れておいたから。先輩も入れておいて」
「はいよ」
日曜の午後の恒例行事。1週間の予定を共有カレンダーアプリに登録しておくこと。
コレは俺が社会人になった時に、ゆたに「予定がわかるようにしておきたから」とお願いされて……いや、静かにキレられて毎週の恒例行事になった。
「今日空いてる?」とメッセージ送られても、何度かスルーしてしまったり、スマホの電源が切れたまま放置してしまう俺が悪いから文句は言えない。
何はともあれいちいち予定を教えなくて済むし、メッセージに返信しなくてもいい、という点では面倒臭がりの俺には合っている。
今週は夕方からの打ち合わせあったっけな、と考えながらアプリを開くと、すでにゆたの予定がいくつもカレンダーを埋めていた。
出張とか、研修とか、そういう予定を見ると、こいつも社会人になったんだなぁと改めて実感してしまう。
さてさて、俺の予定は、と。
基本在宅ワークの俺は、夕方から打ち合わせが入ってる日だけを入力しておく。夕方から始まる打ち合わせの厄介な所は何時に終わるかわからないからだ。なのでその日はウチには来るのはダメ、という暗黙のルールにもなっている。
「入力完了、っと。ゆた、今週は出張あるんだな」
「飲み会は断れても、出張は断れないんだよね」
「そりゃ当たり前だろ。社会人一年生が飲み会を断れる度胸があるのもすげーわ」
「先輩は飲めもしないのに断るのも苦手だよね」
「わかってるから、在宅の仕事選んだんだろーが」
「ん。それで正解」
よく出来ました、と言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫ぜられる。年上の威厳は何処に消えたんだ……
ちょっと温くなったほうじ茶を飲みながら、視線を違う方へと向ける。
見なくてもわかる、こういう時のゆたは優しく微笑んでいるんだ。
そんなの見たら、心臓が煩くなってしまう。
何年経っても、いくら時間を過ごしても、コイツの素の笑みには弱いんだ。
「櫻川さん」
「先輩」
「卓人」
その場その場で変わる俺の呼び名にも、心臓の動きが乱されるのをゆたは知らないだろう?
その微笑みを浮かべた口で呼ぶ声は、低音な筈の声が何故か甘く柔らかく耳に注がれてくるコトにも、俺はいつまでも慣れる気がしない。
きっと、ずっと、慣れない。
「水曜までココに来られないのか」
ゆたがぽつりと呟いた。
スケジュールをもう一度確認すると、月曜火曜はゆたが出張。火曜の夕方からは、俺が打ち合わせが入っていた。月曜は朝一番の始発で行くとかで今夜は自分の家に帰るって言ってたし、あと数時間で一人の時間が来る。
ぼんやりとスマホを見詰めていると、ふわりと背中があたたかくなった。
ふわりから、ぎゅっになって、俺はゆたの腕の中に包まれていた。
筋肉質な腕が絡みついて、サラサラの黒髪が俺の肩にぐりぐりと甘えるようにしてくるからちょっとくすぐったい。
「充電させて」
「はいはい」
きっと普段のゆたしか知らない人が見れば、驚く光景だろう。
ゆたがこんなにも甘えてくる奴だったなんて、俺も付き合うまで知らなかったんだから。
そっと手を伸ばして黒髪をそっと撫ぜると、ぐりぐりと動いていた頭が止まる。
何回か撫ぜてると、安心したようなほっとしたような息を吐く。
こういうトコは悔しいけど可愛いとか思っちゃうんだよな。
やっと俺の方が年上って感じがして、ちょっといい気分でもある。
ワンサイズ大きいアイツに包まれてる感じも悪くない。
ベランダではサイズの違うシャツが並んで風に揺れている。
いつもの休日、いつもと同じ時間。いつもと同じぬくもり。
花柳悠太郎、23歳。
櫻川卓人、25歳。
これが今の俺達のあたりまえの世界。
end
ワンライ企画「雨傘」「警察官」のふたりの話。
まだ創作途中ですが、ほのぼのとしたふたりの日常を短編にして書いていく予定。
2022/06/10
タイトルはまだ決まってないので、いいタイトルが思い浮かべばいいな。
2022/06/11
ゆたの束縛度(独占欲?)はこれ如何に……
2022/06/13
ちょっと修正加筆。
2022/06/14
ようやくタイトル閃いた!突然降りてくるものデスネ。
最後まで書けたー!
ここからは何度か読み直したのち加筆修正する予定。
2022/06/23
完成。