部活がある日は毎日朝も夕も顔を合わせていたから会えない期間というのは今までそう多くはない。けれど学校が試験期間に入ってしまうと部活動も休みに入るため三日ほど会わない日が続いていた。率直に言ってさみしいのだ。とは言っても年上の恋人にそう正直に言うと絶対、それはもう確実に「かわいい」と言われてしまう。贅沢な悩みだと自分でも思うが、あの人からそう言われる度に嬉しいと思う心と、彼の目に子供っぽく映っているのではないかと不安に思う心がせめぎ合う。だからなかなか心情を吐露する事もなかったのに。それを知ってか知らずか、ちょうどいいタイミングでスマホが鳴る。
『今日の放課後空いてるか』
と、ニャインが一言入った。半ば反射で「空いてます」と返事をした。けれど空いているというかなんというか。何せ学校が試験期間中であり、自宅学習をするために部活も休みになっているのに、それを空いていると言って良いものか。試験期間中はアルバイトも禁止されているからくっつりやでの手伝いもない。
『図書館に行かないか』
『二人で一緒に勉強しよう』
『一人の方が集中出来ると言うなら無理は言わない』
ああ、そう言う…それなら二つ返事で頷く。図書館で勉強するなら試験勉強だって出来るし先輩と居られる。向こうにそのつもりはなくてもデート気分を味わえそうだ。嬉しい。了太郎先輩、自分の勉強をしたいなら同学年の先輩方を誘うだろうに一緒に行く相手として俺を選んでくれた。
放課後、玄関で待ち合わせをして三日ぶりにその顔を見た瞬間、心の奥がふわりと花咲いた。顔に出るタイプじゃなくてよかった。
「図書館、よく行ったりするのか?」
「いや…最後に行ったの中学の学外研究の時っすね。あんまり覚えてないっす」
「そうか。綺麗で静かで結構良いんだぞ」
「よく行くんすか」
「そんなに頻繁にじゃないが、試験期間は行く事が多いな」
最寄りの図書館が最寄りとも言えない距離だったのもあって今まで足を運んだのは片手で数える程度。一応貸し出し会員の登録はしているというだけだ。了太郎先輩が図書館まで連れて行ってくれて中に入る。しんと静まった広い空間。大きな窓から入る日の淡い橙が天鵞絨の床に窓枠の影を作っている。
「こっち」
「あ、っと。はい」
しまった、ちょっと呆けてしまった。先輩に腕を引かれて奥に進むといくつかのテーブルと椅子が並んだ一角に入った。小グループで勉強や調べ物が出来るブースだ。その更に奥にある一番小さなテーブルに着くと向かいに先輩が座る。元々静かな場所だがここに入ると一層音が遮断されていて、外の世界と切り離された場所のようだ。
「何かわからないところがあれば聞いていいぞ」
「っす…ありがとうございます」
「と言っても蒼斗は元々成績良い方なんだってな」
「テスト対策がうまくいってるだけで…叔父が、テストの傾向とか教えてくれるんす」
「ああ、崇さん。……ん?なんで」
「叔父も威吹だったんで」
「へえ、知らなかった。崇さんも威吹のOBだったのか」
「……崇さんって」
またそう呼ぶ……いや、叔父の名は崇であっているが。なんだか親密なようで、こう…
「妬いてるのか?かわいい」
「か……」
かわいがられてしまった…
「心配しなくても取らないよ」
「…そうじゃなくて」
なんでそっちなんだ。たか兄を取られる心配なんてしていない。それに俺が心配するとしたらそっちじゃないだろう。
「ふ」
「なに?」
「嘘。……心配しなくても、誰も俺を取ろうとなんてしない」
ぐ、と言葉に詰まって口を尖らせる。わかっていたんじゃないか。了太郎先輩は時折妙に意地が悪い。けど、俺はたまに見せてくる子供じみた悪戯を仕掛けてくる先輩がとても、それはもう、とても好きで。
「すきです………」
「な、なんで…」
先輩はなかなか、俺のツボを理解してくれない。ちゃんと見えているんじゃないかと疑いたくなるくらい、的確に突いてくると言うのに。
「…あつ……」
無意識に呟いた自分の声に集中が途切れた。勉強に集中している間に日が傾き、大きな窓から入る西日がきつくなってきた。エアコンはちゃんと効いているだろうが、直接光に当たっていればその熱の方を強く感じてしまう。じんと汗ばんだ首元を手の甲で拭い、顔を上げると向かいに座る先輩が涼しい顔でタブレットとノートを見下ろしている。同じように日に当たっているから暑いだろうにそう感じさせないのは何故だろう。暑くないのだろうか。
完全に集中が途切れてしまい、頬杖をついて了太郎先輩を見つめる。夕日に透ける髪、白い肌、キュッと結ばれた薄い唇。このひとは、夕暮れ時が本当に似合う。窓から入る月明かりの中に浮かぶからだを見た時、この世界で一番の景色を見る心持ちになるがこの時間帯の先輩を見るのもまた別の芸術品を見るかのようで。
「……ん?」
「んーん」
俺の手が完全に止まっていると気づいたらしく、ブルーグレーの瞳とぱちりとかち合った。どうした?なんでも、と言うやりとりを一文字で完結させて首を振る。けれどそのままじっと俺の目を見た先輩が居心地悪そうに目を泳がせ、テーブルに置いていたタブレットを自分の顔の横に持ち上げ小さな壁を作った。
「一度きりだからな」
「え?」
「ん」
先輩の口癖と化したそれが何を指しているのかわからず聞き返したが、彼がそのまま目を閉じたのを見て察しがついた。俺がキスしたがっていると思ったのか。全然そんな事考えてなかったけど……していいと言うなら、する。俺はそんなに人の目とか気にしないが先輩はそうではない。せんぱいがいいと許したなら俺はいつでもキスしていたい。小さな壁に隠れるようにちゅ、と唇を合わせる。久しぶりの恋人らしい接触が嬉しくてもう一度、と掠めるように重ね、最後にひとつ、長く触れた。
「…一度きりだって言ったのに」
「止めたくなくて、すんません」
「ばか」
むに、と頬をつままれて離れる。
「あと……もう一つ、すんません」
「え?」
「キスしたくて見てた訳じゃなかった」
「…えっ…じゃあなんでキスしたんだ」
「せっかくだから…?」
今度はテーブルの下で足を踏まれた。軽く、足を乗せる程度の力でだけれど。
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試験
初公開日: 2022年05月14日
最終更新日: 2022年05月15日
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お題「試験」を蒼了で