本丸軸SS
第二部隊の遠征が終わった。久々に帰城した本丸の景趣は変わらない。近侍は今も加州くんのままだ。本丸に残っていた一同と再会を果たす。
「ながいえんそくだったな!」
小豆くんの声に、張り詰めたものが緩やかに解けていく。
本当に長い遠征だった。もともと長期遠征の予定で六振が組まれたが、遠征先の奥州で本丸との通信が途絶える。収集した資源と共に置き去りの状態となり、途中数回にわたり出現した朔行軍との交戦も、刀装が無いままの穏やかならぬ戦いとなった。
その後に過ごした時間は、数週間なのか数か月なのか、あっという間に月日の感覚が麻痺していった。
帰還した本丸で暦を確かめる。間もなく立夏か。どうやらふた月ほどの遠征になったようだ。
「燭台切、違うよ」
僕の後ろで、加州くんがそっと声を掛けてくれる。
「え?」
「さっき、主が来たのが二年振りだったんだ。……今は、また少し、外してる」
「それは……」
部隊が不在の間にこの本丸で様々なことが起こっているのは容易に想像できた。
僕たちが遠征に出た後すぐに、第一部隊が出陣した。戦場は困難を極め半ばで撤退、間髪入れず第三部隊が同じ戦場へ赴く。
遠征に行く前に結成は聞いていた。第三部隊には、鶴さんと貞ちゃん、そして伽羅ちゃんがいた。この本丸に来てから付き合いの長い、歌仙くんと小夜ちゃんも同じ部隊にいたはずだ。あとは顕現したての新人くんが一振。
鶴さんと貞ちゃんの姿が見えなかった。外廊を巡って、彼らの部屋を訪ね、鍛刀部屋、厨、浴場などを覗く。
その時、美しい太刀の白い装束が廊下の端に見えた気がして、急いで角まで駆け寄った。
やはり、鶴さんと貞ちゃんがいた。手入れ部屋の木戸を少しだけ開いて、その内側にしきりに話しかけている。
「鶴さん、貞ちゃん、ただいま」
脇から声を掛けると、ふたりはがばっと顔を上げる。笑顔で出迎えてくれたが、その様子は少し不自然だった。
「よお、大層な驚きとともに帰ったな」
白金の目が緩やかに光る。上げた袖がさりげなく手入れ部屋の内を隠した。揺れた白い装束の向こうに、一目見ればわかる、懐かしい顔があった。間違いなく彼はいるはず、だった。
貞ちゃんが慌ててさっと部屋の中へ身を投じて中から戸を閉める。鶴さんは澄ました顔をして、行こう、と僕の肩を押した。
「なに、してるの……?」
部屋の前の木札は返されていなかった。手入れは終わっているはずだったのに、ふたりは伽羅ちゃんを部屋から出そうとしなかった。
そう、伽羅ちゃんがいたのだ。なぜ僕は、彼と対面することができなかったのだろう。
第二部隊不在の間に起こったことは、僕には到底受け入れ難いものだった。
想像通り、第三部隊は僕の知っている面々で出陣した。そして、戻ってきたのは五振だけだった。
あの時出陣した伽羅ちゃんは破壊されていた。
采配に問題があったのでも、刀装やコンディションに不備があったのでもない。ただの不運だ、と鶴さんは言った。
先ほど僕が遭遇した大倶利伽羅は、この本丸では十振目の彼だ。今まで二振目以降の大倶利伽羅は、顕現して間もなく、伽羅ちゃんの下へ行って姿を消していた。僕もここへ来てから何振かの燭台切光忠を見ている。つまり、そういうことなのだろう。
ところが数奇にも、彼が破壊された戦場で新たな大倶利伽羅をドロップしていた。彼は顕現したてのまま、本丸は僕たちが遠征から戻るまでの間、事実上、凍結状態になった。
なのに、なぜ彼は手入れ部屋に?
鶴さんは繋ぐ言葉に窮し、何度も第二部隊の様子を聞き出そうとしたり昔話に転じてみたりはぐらかすのに必死だったが、痺れを切らした僕に圧され、渋々こう告げた。
「新しい大倶利伽羅は話をしない。伊達の記憶もない。きみが知っている伽羅坊とは別の刀だ。今まで何度も手入れをしてみようと試みたが、あのざまだ。システム上は、あの坊には手入れは不要だとなっている」
その上、主が不在の間は僕たちだけで彼の不具合を問い合わせすることはかなわない。加州くんに話しかけられた時の、彼の言葉を思い出す。
「今は、また少し、外してる」
僕の知る伽羅ちゃんは戻ってこない。新しい大倶利伽羅も治らない。
僕たちと入れ違いに、別に結成された第二部隊が遠征に赴いた。その部隊も、おそらく当面は帰城できない。
一度に与えられた過多の情報にそろそろ耐えられなくなっていた。鶴さんも「ゆっくり休め」と案じて肩を叩いて慰めてくれる。
本丸へ戻って数日たった。あの後、貞ちゃんとは広間や畑で会って少し話をしたけど、新しい大俱利伽羅のことは一言も話をしてくれなかった。
彼は今、どこにいるのだろう。
畑で作業の手伝いをした帰り、裏の庭へ足をのばす。石で囲われた鯉の泳ぐ池の傍に、水琴窟があった。
伽羅ちゃんも以前からこの場所が好きだった。彼の残像を追うように、本丸に戻ってから、伽羅ちゃんが立ち寄りそうなところばかり行ってしまう。
水琴窟はまだ生きていた。伽羅ちゃんが折れた後に誰か手入れでもしてくれていたのだろうか。近寄って傍へしゃがむと、少しして池の波紋が揺れる。
顔を上げる。歪んだ水面に映った姿に息を呑む。
「——伽羅ちゃん!?」
振り返ると、僕の後ろに立っていた彼は、僕と同じように酷く驚いていた。
やっと会えた。大倶利伽羅だ。
「……大きい声を出して、ごめんね。こっちへ来るかい?」
水琴窟の前のスペースを開けて、控えめに手を差し出した。彼は僕の少し後ろでひざを折り、しゃがんだまま柄杓を取った。
池に溜まった水を少し掻いて上澄みを掬う。柄杓を僅かに傾けて、竹の節に伝って落ちる水滴の数珠が音を立てて吸い込まれているのをじっと見ている。
その玲瓏とした音色に、彼の薄橙の眼はとてもよく合っていた。あまりきれいな音が鳴ると、喜んだ龍が飛翔して何処かへ旅に出てしまうのではないかとおかしな夢想をしてしまう。
その姿は伽羅ちゃんと全く同じだった。素直じゃない可愛らしい悪態が聞けないのと、僕の傍にいても頬が紅くならない違いがあるだけ。
その違いは、きっとこの先もずっと、埋まることはない。
「僕もやっていいかい?」
掌を見せると、彼は柄杓の柄を僕に向けてそっと差し出してくれる。
落ちる柔らかい水の音は、答えの見えない思慮をくすくすと笑うように聞こえた。
空になった柄杓をしばらく見た後に、「明日も、ここへ来るね」と言ってみる。大倶利伽羅はしばらくじっと僕を凝視してから、たぶん、頷いたと思う。
僕は彼のことを伽羅ちゃんと呼ぶことにした。同じではないと分かっていても、違う名前で呼ぶことの方が苦しかった。
彼とは広間でも浴場でも会わない。厨にも馬屋にもその姿はなかった。畑仕事はもともと僕が引っ張り出していたからきっと来ないだろうと思っていた通り、そこにも現れない。
それでも、池の傍にある水琴窟のところには、毎日決まった時間に通ってきてくれた。僕がまた明日、と最後に約束をすると、控えめに頷いてくれる。
「ここに来てから、ずんだ餅は食べたかい?」
僕は肯定か否定かだけで答えられるような問いを彼にするようになった。首を横に振るので、「お菓子は嫌い?」と質問を重ねる。
俯いて足下を見ている彼が、大きく首を横に振った。少し上気したように頬が染まる。
あ、この顔。懐かしいなぁ。
君もお菓子、大好きなんだね。そう言おうとして、「も」という助詞に悪意を感じてしまい、憚って口をつぐんだ。
「明日、持ってくるよ。君はみんなとご飯とおやつを食べないんだね。秘密のことがあるのかい?」
聞いてから失敗した。これは今の彼には答えられない。案の定、僕が弁明する前に立ち上がってしまったので、もうここへは来てくれなくなるかも、と焦燥が走り、慌てて立ち上がった。
引き留めようとする前に、目の前の伽羅ちゃんは、静かに唇を動かす。
「また、明日」
声は出ていなかった、口の形だけで、そう告げているのが分かった。
彼はきっと話せるんだ。声を出さない理由がある。鶴さんや貞ちゃんは、それを知らなかったのだろうか。
もうひとりの伽羅ちゃん、君は何を考えているんだい……?
とりあえずこの辺で~
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はなつるぎ
お疲れ様でした~楽しかったです~
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ちゅきこ🍯🌰
ありがとうございました~✨
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