同窓会プロジェクト3節書いてます ▼
成り行きの通りになったことと、予想外のことと、ふたつのことが進行している。
光忠と緩やかに接触する日々は続いていた。数日おきに会う日々は、食事と風呂と睡眠という生活の最低限のことに加えて、そういう行為も含まれるようになった。
ある夜何度か肌を重ねた後、少し酒を纏った光忠に引き留められる。
「お仕事忙しい?僕が邪魔してる?」
取られた手を眺めながら黙って横に振った。邪魔されているなんて思ったことはなかった。むしろ俺の方が光忠の足を引っ張っているような思いにずっと取り憑かれている。連日の生放送出演に大学での講義、指導、そして学外での学術活動で大学の専任講師は多忙を極めている。大好きな料理をする暇もないほどの過密スケジュールに俺を置いておくことが、会うたびに申し訳なく思えた。
椅子に座ったままの光忠が、腕を持ち上げて俺を引き寄せる。
「伽羅ちゃん、思ってること言わないと、分かってあげられないよ。ちゃんと僕に教えて」
指先が頬を撫でる。触れられたところから体温が上がっていく。不本意に熱を拾って思考がぐずつき、男が欲している程度を超えて自分がはしたなく強請っているのではないかと怖くなる。
手に持った鞄を机の上に置かされると、光忠は微かに頬を染めながら腕を広げた。
「おいで」
立ったまま覆うように光忠の頭を抱く。
たぶん昔から、この満たされない余白の存在にはずっと気がついていた。その欠落を埋めるためには勉強に励むのも部活に没頭するのも糧とはならない。ただ、友情という不可侵な神聖物の殻を打ち破るしかないのだと、膨大な遠回りの末に知ることになる。
喉の奥で自分の鼓動を感じた。俺がこの男に寄りつくのは、元来の感情で望まれていることなのだろうか。
「もしかして、好きな人ができたとか……?」
腕の中で頼りない声が聞こえる。そこには怒り、嫉妬、寂寥などが複雑に織り混ざって耳に届く。
視聴者や同級生には何故か伝わらない、俺だけが知るこの仄かな機微は、今でも厭というほど鼓膜に響いた。
「好きな人」
「うん」
「の、中に、あんたは入らないのか」
音が出たかのような勢いで、光忠の白い肌が首まで紅く染まる。見目麗しい男は慌てふためいて、俺の腰にある手を離して自分の顔を覆った。
「どうして君は、そういう……」
「勘違いなら、撤回する」
「やだ。お願い、しないで」
お茶の間の『みっちゃん先生』ファン達がこの姿を見たら、SNSのトレンドワード入り間違いないなと不躾に想像してしまう。そういえばあの朝のおはよう宣言も予想通りかなりの大荒れだった。光忠はその騒動を楽しんでいると見えて、未だに是も非も言及していない。
別の日に長谷部の娘の名前を音声付きでモーニングコールしたことで、今はみっちゃん先生のおはようコーナーがエンタとして定着し始めている。
強固に築城された燭台切光忠の世間へのイメージを、俺がいることで綻ばせたり崩したりしたくなかった。俺がいなければしなくて済む作業や手間を課したい訳でもない。求められれば与えられるが、光忠に自分の残り香を付けなくなかった。
うまく言い表せなくて、ただ「邪魔になりたくない」と告げると、光忠が伸ばした手で髪を撫でた。
「そんな風に考えなくていいんだよ。僕、君にまた会えてどれだけ嬉しかったか、ちゃんと伝えられてない?もう一回話してもいい?」
そんな感情論は何の足しにもならない。顔を顰めた俺を宥めて光忠が声を上げて笑う。
「もう、言わないで思ってることを押し切ろうとしないでよ。そういうところも好きだけど」
髪を撫でていた手が降りてきて、俺の両手を腹の前に並べて握った。
琥珀の目が灯った。宵から光る金星のように、これを見逃すことはできず、出会った視線はそこへ留まることになる。
「一緒に住もう、伽羅ちゃん」
「は」
即座に返した疑問詞は受理されない。男は朗らかな表情で、もっと広い家が良ければ近所でもよければ引越しするかとか、家事が楽になるように家電を買い足そうとか、夢と現の狭間のような不確かな会話を続けている。
このあと
予想外のことの方
光忠が講義を終える時間を見計らい、大学の正門前で待ち合わせする日があった。その日はお互い締切間際のものを抱えていて、神保町の喫茶店で夕食を摂りながらまとめて作業をする予定にしていた。
どちらかというと今回は俺の方が切羽詰まっている。作業時間の後に帰宅してからも終わるまで、場合によっては明け方まで手を動かす必要があるかもしれない案件だった。
予定の時間になっても光忠の姿は現れない。演習授業とか言っていたので、正課の時間外に学生に掴まって質疑に対応しているのだろう。
膝を立てて寄りかかっていた電柱に足の裏を押し付け、鞄から取り出したPCをその上に開く。携帯をテザリングしてソフトを起動し、依頼事項について齟齬がないかを確認する。
画面を見る視界の端にこちらへ歩み寄る影が映る。光忠が来たのかと思い接近したタイミングで視線を上げると、そこには知らない女が立っていた。
「あの、ヒロミツさん、ですか?」
「……ああ、そうですが、」
女はその返事を皮切りに、最近見た雑誌を見て俺のことを知り今までのアルバムを遡って聴いていること、動画投稿SNSで見つけたオリジナル曲も視聴していることなどを殊の外熱烈に語られる。その勢いに気圧されて、思わず「どうも」と会釈をした。
「ここにはいつもいらっしゃるんですか?もしかして、非常勤で講義をされているとか?」
無垢な期待の眼差しを向けられ、何とも言えなくなっているところへ、やっと光忠が現れる。
「お待たせ伽羅ちゃん、……あれ、お取込み中?」
「あ、みっちゃん先生!こんばんは。おふたり、お知り合いなんですか?」
女学生の目は長身の伊達男の方へ向けられる。光忠は慣れた様子で挨拶や世間話をすると、これから俺と食事に行く予定だから悪いけれどと巧みに会話を切り上げ、にこやかに女の背を見送った。
「伽羅ちゃん、本当に有名人だね。びっくりしちゃった」
どの口が、と思ったが、取り合うだけ無駄だと諦め薄く溜息をつく。
「いや……たぶん、最近出た雑誌のせい」
「え、君、雑誌に載ったの?そういうの教えてくれればいいのに。僕も見たいな。お家に帰ったら読める?」
そういえば発行日は告げられていたが現物は貰っていなかったように思う。会社の不親切に毒づくのは容易いが、その取材のこと自体ほとんど記憶にない自分が言えた口ではないとそれも匙を投げた。
「ない。でかい本屋なら、あるかも」
「いいね。これから本屋さんの街に行くし、ご飯の前に探してみようか」
神保町の駅からほど近い新刊専門の書店へ入ると、膨大な雑誌コーナーの中に、確かに業界誌は置かれていた。音楽雑誌の一角に単発で入れられたゲーム音楽の記事で、一般人が手に取る可能性は皆無に思えた。ところが、購入した誌面を見るとその企画は巻頭に昇格され、当時の担当が〈6人のインタビューを2面で〉と言っていた予定は見事に覆されたことを知った。
実際は右側1面に単独のインタビュー記事、左側上面にはあと2人が、さらに残りの3人はダイジェストのように慎ましくまとめられてしまっている。
そしてその右側1面にでかでかと写真付きで載っていたのは、〈H3〉、つまり俺だった。
ここまでにしまーす!ありがとうございました!!(カミカミ)