1つ目は『ガレージの中』
2つ目は『麦茶』
3つ目は『摘まむ』
ハトバはそのバイクを見るなり「古いな」とだけ言った。元々引っ張り出すのに一苦労したらしく、矢守はペットボトルの麦茶をぐいと傾けて半分ほど消費した。緑色が特徴的なその車体はハトバの目をずいぶんと面白がらせたらしく、うんうんと目利きする。
「で、いくらくらいになりそう?」
「ネットオークションに出したほうが早い。正規のルートで売れば裏切り者一人分くらいだろ」
「あー、それなりに手入れしたつもりなんだけどな……」
「ところどころ塗装剥げてるし。つーか普通に運転してたらこんなとこ剥げない。何したんだよ」
「山道走ったんだよ。登山口まで登れるところはバイク使ったり」
「枝が当たる剥げ方じゃねぇ」
ハトバの投げやりでいて的確な指摘に、バレたかと言わんばかりに目をそらす。ハトバが小さいなりに背を伸ばして無言で詰めよれば、彼は観念した様子で吐き捨てる。
「はいはい違いますそこは鉄パイプで思いっきりやられました絡まれただけだわ」
「余計何したんだよ」
いよいよ受け答えがめんどくさくなったのか、矢守は「企業秘密だ」とそっけなく答えて座り込んでからガレージの温い天井をぼうっと眺めた。ガレージといっても矢守の家の玄関先なのだが。
「まぁつまりは少なくとも裏じゃさばいたところでそんなにってとこだ。もうちょいメンテしてから売ればマシになるだろうけど多分コスト的によくはならねぇわな」
「おー、さんきゅ。とりあえず……うん。正規で売るわ。今ぶっちゃけ金困ってないし」
「金困ってないならこの前のジャンプに水ぶちまけたの許してくれていいじゃねぇか」
「いやあれはダメだろ。コーヒーはダメだろ」
しばらくがちゃがちゃと何か揉めながらも矢守はごろごろとバイクを押して駐車場にしまう。
「あー、マジ車乗れねぇのめんどくせぇ」
「まぁなんとかなるだろ」
「なるけどよぉ……わりぃな、コンビニでなんか飯かつまめるもんでも買うか」
「じゃあそれと今週のジャンプでいい」
「はいはい」
大分にある湯治場の一つ『まほろばの湯どこ』は、今日も今日とて客がいないままであった。中庭の竹林がさわさわと擦れている音が客室にも聞こえてくる。
雄造ゆうぞうは客室の掃除を終えて一息ついた。暑さが塩気のあるしずくとなり額や頬を伝って作務衣に染み込む。掃除機のコードをしまいながら、雄造はふとやましい感情に駆られる。そしてそのやましい感情は見事彼を掃除したばかりの畳に寝転がらせた。掃除を終えたばかりの畳、それも春真っ盛りであるならば抗えないというもの。
「はぁ~~マジ疲れた……つーか毎日誰が来てんだよほんと」
雄造が春休みの間のバイトとして叔父の営んでいるこの湯治場で働き始めてから一週間だが、いかんせん彼は一度も客の姿を見たことがなかった。今のところ風呂場と客室の掃除しか任されていない。客に出す料理も作ったことはないし、もちろん実際に客に部屋を案内したこともない。その割には掃除の汚れ具合には厳しく、毎度お叱りが飛んでくる。
「だぁれが寝ちいいっち言うた」
ぬぅ、と叔父の顔が覗き込み、雄造は叫びながら畳をごろごろと転がった。いかんせんこの叔父、客室の天井にぶつかるのでくぐらなくてはいけないほどの長身であり、作務衣からは肋がのぞけるほどの瘦躯だ。まるで化け物みたいなその体格に加えて、光を通さないべったりとした短い黒い髪と日本人らしくもない緑を含んだ茶色の目は人離れした相好であった。そもそも臨時バイトの話を持ち出されるまでこの叔父とはろくに会話したことがなかったし、まず親戚で集まるような場所でも顔を出すとしたら結婚式と葬式くらいだった。あのように口を開けば方言と小言ばかりだが、そうでない場合まず口をきくことさえ稀だ。それでもって祖父母や兄妹は何も言わないものだから、外から入ってきた者どもは口々に不気味がりもてはやしたものだった。だから叔父からバイトの誘いに乗ったのは好奇心半分だが、それ以上に高給につられたからという理由にほかならず、それも閑古鳥が鳴いているように思わされる今訝しむばかりであった。見栄のつもりだろうか、と拙い頭で推測するも、それは叔父に頭を踏まれたことで遮られる。
「うぎゃ」
「もうすぐお客様が帰っちくるけん早うどきちゃ」
「……来てないだろ」
「いるぞ」
「え?」
「まぁ今はおらん。出かけちいらっしゃるけんな。もうすぐ帰っちくるけんそれまでに布団ん用意しちょけちゃ」
布団を用意しておけと言われても、寝る客を見たことがないので用意してもどうしようもないのではと思いながら雄造は立ち上がった。立とうが座ろうが叔父が彼を見下ろしていることに変わりはないが。
「客なんていねぇじゃん」
「いるんや。お前は知らんでんいい。早う布団敷け。こっちは神饌作るんや」
「しんせん?」
「……間違えた。早う布団しけチビ」
「誰がチビだ!わかったから出ろ、でかいから邪魔なんだよ!」
「あっそ」
のそ、と叔父の体が部屋を退く。どうせこんな街並みから外れた温泉施設なんてやることは温泉に入る以外ろくにない。おそらく戻ってくるのは日が完全に沈んだころなのだろうと雄造は高をくくっていた。だからこそ布団を敷いたまではいいが、その敷布団のふかふかしたのにごろりと挟まってしまった。そういえば叔父の名前はなんだったっけか、と思い出そうとしてしばらくして、暗転。
雄造が目を覚ました時に感じたことは、体にのしかかる重量だった。何かと思って目を開けてみれば、つるつるした白銀の魚っぽいものが視界を覆う。どういうことかと目を開けてみれば、
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