【42】
朔間に呼び出された。
わざわざ電話を掛けてきて話があると言うので、会議室を押さえた蓮巳だ。
代表と代表補佐とで打ち合わせ。ということにした。言い訳はいくらでも考えつくから、何でも良かったのだが。
そういうわけで、呼び出されたのに落ち合う場をセッティングしたのは蓮巳のほうだったが、約束の日時に会議室へ足を踏み入れると朔間のほうが先に来ていた。どうやら、話があるというのは本当のようだ。それに、真面目な話なのかもしれない。
「すまない、遅くなった」
「時間通り、いや、五分早いぞい」
少しだけ空気をやわらかくした朔間が言外に謝る必要はないと告げてきた。
朔間の隣にも椅子は置いてあるがしかし、隣に座る意味も理由も見いだせなかったので、正面に座る。
「それで、話とは?」
「単刀直入じゃな」
「世間話をしたかったわけじゃないだろう? 真面目に話があるのだと感じたが、違ったか?」
「……違わぬよ」
めずらしいことに。本当に、めずらしいことに。
朔間が言い澱んでいる。
煙に巻く物言いや、遠回しな表現を用いることは多々あれど、そうではなく、何と言っていいものか悩んでいる様子。
悪だくみの相談でもされるのかとは予想をしていたが、そうではないらしい。
「何かあったのか?」
水を向けると、一瞬下がった朔間の視線がすぐに上がって、紅い瞳が蓮巳を見据える。
「その、出来れば、拒絶しないでほしいんじゃけど」
「内容による」
「う。それは、そう、なんじゃけど……」
「内容によるが即刻却下しないで吟味する。で、どうだ?」
譲歩してみせたところ、朔間としても妥協ラインではあったのだろう、頷いて見せた。
「平たく言うと、契約……いや、約束でいい」
「約束?」
「うむ。我輩と、約束しておくれ」
「あんたと? 俺が?」
何の約束をすると?
眉が少し寄った自覚はある。蓮巳と対照的に、朔間は眉が少し下がった。
「それこそ内容によるが」
「そんなに難しい内容ではない。と、思うぞい。たぶん」
「具体的な内容を聞かせろ」
「ええとじゃな、その、あー……パートナー、みたいな……」
「何の?」
「え」
「何のパートナーだ?」
朔間には羽風という相棒がいる。その羽風を差し置いてパートナーということは、羽風に頼めないということに相違ない。そこまでは容易に想像がついたが、何のパートナーなのかが想像もつかない。
「貴様のアイドルとしてのパートナーは羽風だろう?」
「いや、アイドルとしてではなくての」
「じゃあ、何のパートナーだと?」
「…………じ」
「じ?」
「人生」
「―――――じんせい」
ざっと単語を脳内検索する。人世。腎性。尽誠。何か違う。
「人生……?」
人生と言ったか?
それだと「人生のパートナー」になるんだが。
「いやあの其処まで重くないやつなんじゃけど」
「人生のパートナーに重い軽いがあるのか?」
軽い人生のパートナーというのはどうなんだ。
「ちょっと、待っておくれ」
立て直す。
呟いた朔間が、深呼吸をし始めた。
待つくらい構わないが、何を立て直そうとしているのかはよくわからない。
「ちょっと、うん、段階を踏もう」
「段階……」
「うむ。蓮巳君、彼女、いや、彼氏でもどちらでもいいんじゃけどつまり恋人はいるかえ?」
「いると思うのかあんたじゃあるまいし」
「なんで我輩にいると思うんじゃおぬし。いや、置いておこう、話が進まぬ」
「話の進行を遅らせているのはあんただと思うが」
「うう……」
図星を突かれた朔間がうめいた。
「あー……とにかく。いないんじゃな? 恋人」
「いない」
「良し。此処までは良し」
「そうか」
何が良いのかはわからないが。
「つまりじゃな」
「うむ」
ようやく話しの核心に触れる気になったのかと、蓮巳は居住まいを正した。
「恋人がいないなら、蓮巳君を我輩の伴侶に迎えても良かろう?」
時間が止まったような気がする。
「待て」
「大丈夫じゃから」
「何も大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃから。キスとかそれ以上とか望まぬし。手を繋ぎたいとかデートしたいとか同じベッドで眠りたいとかそういうことは言わぬし」
「だから大丈夫じゃない待て!」
「結婚してほしいとも言わぬつもりじゃけど……」
いいから待てと。考える時間を寄越せと。
「三分待て」
それだけ告げて、以降、朔間が何かぼそぼそ言ってもシカトした。
「…………おかしくないか?」
「何がじゃ?」
「恋人と伴侶はイコールではないだろう?」
「恋人は誰でもなれるし、何なら複数いる者もおるじゃろ?」
「いや、知らん」
「そうじゃなくてもっと確固たるポジションじゃないと安心出来ん、おぬしの場合」
何気に貶されている気がする。
「恋人は誰でもなれるものではないのでは……?」
前提がもう違う。ような。わからなくなってきた、色々と。
「整理する。人生のパートナーが欲しいんだよな?」
「まあ、そうじゃな」
「俺でなくても良くないか?」
「何のためにおぬしを呼び出したと思っておるんじゃ」
「……? …………?」
「なんっで其処で心底不思議な顔になれるんじゃ……」
なんでって。
「俺でなくても良くないか?」
もう一度繰り返すと、
「蓮巳君がいい」
それだけは譲るものかと。そういう口調で、告げられる。
「……俺が? あんたの? 伴侶に? 恋人ではなく?」
いや、恋人ならいいというわけではないのだけれども。
「俺が……?」
「さっきも言ったが、キスやそれ以上は望まぬし、蓮巳君に迷惑はかけぬと誓おう。契約書を作ったっていい。ただ、何かひとつ、我輩が蓮巳君にとっての特別なんだとそういう証が欲しいんじゃよ」
「……」
是とも否とも言えずに口を噤むことしか出来ない。
蓮巳が黙って、朔間も黙って、室内が沈黙で埋め尽くされる。
おそらくは、十分以上も無言が続いた。
「……朔間」
沈黙を破ったのは蓮巳のほうで、朔間の名前を呼んで、小さく手招きする。
「うん?」
「耳を貸せ」
「耳?」
盗聴の心配でもあるのだろうかと思いながら、朔間が素直に身を乗り出した。
蓮巳のほうも机に身を乗り出して、朔間との距離を詰める。
耳を貸せと言われた通りに貸し出そうとした朔間の耳が、ちゅ、と、可愛らしいリップノイズを拾った。
限りなくくちびるに近いがギリギリくちびるではない場所に落とされたキス。
「は?」
「キスもそれ以上も俺が望むと言ったらあんたはどうする?」
「……は?」
「俺からは以上だ。じゃあな」
蓮巳が立ち上がる。
立ち上がったのみならず、蓮巳は会議室を出て行ってしまった。
「は?」
もう一声あげた朔間の声がひとりきりになった会議室に反響する。
一秒、二秒、三秒。
「以上じゃね~だろ! 敬人! 敬人、ちょっ、てめ、いいから戻ってこい!」
椅子をひっくり返した朔間がダッシュで会議室を出て行った。
何故か蓮巳も全力疾走で逃げて行ったが、数分後にとっ掴まる。
余談になるが、会議室を押さえたのは一時間で、結果的に使用時間の延長が申請された。
その延長された一時間で何が話し合われたのかは、不明。だが、いやに活き活きとした朔間とちょっとよれよれになった蓮巳が会議室から出てきたのが目撃されている。