会議室。ミーティングルーム。レッスン室でもボーカルルームでも。何でもいい。個室、かつ、監視カメラが存在しない部屋なら。
此処は、否、此処も。
そういう部屋だ。
広いか狭いかで言ったら狭い。が、狭かろうが広かろうが構いやしない。他者の視線を遮ってくれる場所でありさえしてくれるのなら。
ゆえに、説明書や見取り図を隅から隅まで読むタイプの敬人ですらこの部屋の名称を把握していない。
名前の無い部屋。
ミーティングや会議をするには狭過ぎるこの部屋は、ちょっとした打ち合わせに使われる部屋ではあるのだろう。
けれど、名前を与えられるほどの部屋ではない。
そんな名前の無い部屋に、名前の無い関係性の自分達がとてもとてもお似合いな気がした。
「蓮巳君?」
「なんだ?」
「ぼんやりしておるようじゃったから」
「そうか?」
音も無く伸ばされた手が、ひんやりとした手が、敬人の頬を撫でる。
心配。してくれている。わけじゃない。
合図みたいなものだ。
進んでいいか。進めていいか。
確認作業?
確認と言っていいのかどうか。
イエスはおろかノーでも進めるのに確認もクソも無いだろうが。
「不満そうじゃのう」
敬人の胸中を読み取ったのか表情を読み取ったのか、零が敬人の目の下あたりを親指でそっと撫でた。
「眼鏡のレンズに触れるなよ」
「触れとらんわい」
狭い部屋とはいえこんなに密着する必要性は無く、でも、有る。
だって此処は密会のために選んだ密室だから。
監視カメラが存在しない部屋を情報部の真からそれとなく聞き出し、いくつかピックアップした部屋の各使用頻度をチェックし、同じ部屋ばかりを使わないようにローテーションしつつ、隙間時間に会う。逢瀬というよりかは密会。
「おい。眼鏡をはずそうとするな」
「え~? ないほうがキスしやすいんじゃけど?」
「知るか」
「我が儘なんじゃからまったく……」
どっちが。
言う前にくちびるを塞がれた。
軽いくちづけが繰り返される。
甘やかすみたいなバードキスを零は好んだ。
まあ、事に及んでいなければの話。最中のキスがえげつない話は今は置いておいて。
舌先が侵入してくる気配に、零の肩に手を置く。
ぐ、と、その肩を押した。
「うん? 体勢きついかえ?」
「違う」
「違う?」
「そういう気分じゃない」
「気分じゃない?」
ふむ、と、思案顔。
それから、零の右手が敬人の上半身を撫でた。
左手で腰をホールドされる。
上半身から下半身へと下がっていくひんやりとした手。
その手首を、がっちりと掴む。
「だから、そういう気分じゃない」
「我輩はそういう気分なんじゃけど」
「だから知るかと」
「なんでそんなに御機嫌斜めなんじゃ」
「……あんたのほうだろう」
「何が?」
「機嫌が悪いのは」
指摘した途端、零の表情が読めないそれに変わった。
笑っているような、怒っているような、怒っているのに笑っているような。
或いは、まったく異なる感情なのかもしれないが。
機嫌が良くないことだけはわかっていた。
そもそも、今日はこの部屋に来る予定は無かったのだ。
ついさっき出くわした零にあれよというまに連れてこられた。