#零敬版深夜の真剣創作60分一本勝負 「イースター」
朔間家にとって、イースターは特別な意味を持つ。
春の訪れ、繁栄の象徴。そして、一族の大切な行事だ。世界中の津々浦々に散らばった夜の民がこの日ばかりは本家へと集まり、寿ぎを伝えるのだ。普段は闇に紛れて生きている一族にとって大事な儀式なのである。
朔間家の次期当主である零は当然、この行事にずっと昔から関与していた。関与なんて生ぬるい。彼のための行事なのだから。人間から血を与えられる為の大切な行事。
去年は重い腰をあげて表の民と紛れるようにライブを行った。一族に向けて表で共に生きるUNDEADの顔見せの意味合いもあったのだ。
今年は…。
零は静かに息を吐く。
今年は少ししくじってしまった。
まさか、マスコミが嗅ぎつけるなんて思わなかった。
ヨーロッパにいる凛月を一目見ようとしたのがいけなかったのか。学院では、五奇人やら、三奇人やらと骨董品扱いで注目されていないことに慣れ過ぎてしまったらしい。
零に一つ年下の可愛い弟の存在が明るみに出てしまったのだ。
(…しくじったのう…)
今年は、もっと一族の希望に添った儀式をする予定だったのに。間違ってもマスコミに朔間の一族の儀式について知られるわけにはいかない。
「…朔間」
事務所でスケジュールを確認しながらぼんやりしていると、敬人に名前を呼ばれた。
珍しい、と零は顔をあげる。
敬人は少しばかり声をひそめた。
「…珍しく、あんたがしくじったんだな」
敬人はスマホの画面を見せた。
ニュースサイトの記事だ。朔間零の弟の存在を知らせる記事。
「しかも、復活祭の前に。…あんたの一挙一動はこれまで以上に注目を集めるぞ」
「うう…。ちょっと気が緩んでたんじゃな。ほら、返礼祭も終わって、アスレチックで遊んで、新しい事務所入って…。あまりにもうまいことコトが進むもんじゃから」
二枚看板である薫は芸能活動に前向きだし、晃牙とアドニスのためにも張り切っているのだろう。
そして…。零は敬人をちらりと見た。
また、彼がこうして普通に話しかけてくれるようになったのだから。返礼祭では、敬人の方から巻き込んできた。アスレチックは後輩たちの繋がりだが、それは棚からぼたもちのような幸運で。同じ事務所になったのは、幸運であった。
いや、ちょっと打算もあったのは否定できないけれども。
老舗だし時代劇に強い事務所で紅月の候補に上がっていたことは知っていたのだけれども。リズムリンクの方から声をかけてきたんだし。別になんとしても一緒に…とかは思っていなかったし。
それでも、同じ事務所でよかった、と零はひっそりと噛み締める。零の事情を詳しく知っていて、こう心配してくれるとは。
「…まぁ、他に考えはあるんじゃけど。凛月がどう思うか…」
「…あんたは、勝手に弟を切り離すが…本人にきちんと聞いたほうがいいぞ」
「…そうは言っても」
「先の返礼祭で大神に叱られていただろう」
「うっ…」
「あと、俺も。あんたのそういうところは昔からどうかと思う」
「…幼馴染として?」
「昔馴染みとして、だな。…俺が幼馴染だなんて、あんたは思ってないだろう」
「思ってるよ。可愛い可愛い幼馴染だと。なにかあったら助けてくれるんじゃろ?」
少し図々しかったかもしれない。ほんの二、三年前に「なんで、俺を救ってくれなかった?」と繰言をしてしまった身で。
敬人は目を逸らす。あぁ、まだ…距離を積めるには早過ぎたのかもしれない。
でも、彼が言ったのだ。「友達だろう、頼ってくれ」と。彼が約束を違えないことは知っていた。敬人は居心地悪そうに身じろぎをする。
「…。でも、俺にできることはないな」
敬人は短くそう言って少しだけため息をつく。
「残念なことに。俺は儀式に参加できないし」
「…その節はお世話になりました」
生贄を一人据えて、ひっそりと秘密裏に行ってしまうなんてことはできない。昔から一族の事情を知っている敬人ならできただろうが。
敬人は軽く笑う。
「…まぁ、あんたのことだ。どうにかするんだろう。…俺も、少しだけうっかりすることもあるかもな」
敬人は微笑み、スマホを振った。
後日、オペレッタで晃牙と話した際に「仲直りしたのかよ」と聞かれて、零は小首を傾げる。
「デコ助が言ってたぜ。なんか、眼鏡野郎経由でそっちの事情を教えてもらったって」
「…あ、あぁ…」
「…まぁ、よかったんじゃねぇの。卒業したんだし。元々、あんたら仲良かったし」
「…仲良さそうに見えるかえ?」
「昔はな。今は知らねぇけど」
「そうなんじゃよ。仲良しなんじゃよ、本来は」
春が訪れるのだ。
イースターは春の訪れを祝う祭りなのだ。零は少しだけ期待に胸を膨らませてしまう。
これは、少しばかり幸先のいいスタートになりそうだ、と。
春は手の届くところにあるのだ、と零は少しだけ笑ってしまった。