れもんいろの 零敬
二週間ぶりの日本に零の心は弾んだ。海外公演も大盛況のうちに幕を閉じたのだ。何度も引き留められたが、零は礼儀正しく微笑み断った。
時差ボケはするが、胸が弾む。帰ったら、彼がいるのだ。また、なにか手料理を準備して待っていてくれているのだろう。そう思うと、零はひどく嬉しくなった。
二週間の間、零に届いたメッセージは一通だけだった。
──羽風がジャケットを返しに来た。クリーニング済みだ。あんたのベッドの上に置いておく。
随分、親しくなったのではないか。敬人が零の不在の間に零の部屋に入るなんて。
浮かれたまま、零はレモン色のマンションに吸い込まれていく。
「ただいま。蓮巳くん、お土産もあるんじゃよ」
明るく声を張り上げる。
玄関に大きな旅行バッグが一つあった。
零は一瞬訝しく思うが、料理の匂いに紛れてしまう。
「おかえり、朔間さん。腹は減っているか? 今、生姜焼きを作っていたんだ」
「生姜焼き?」
「あぁ。神崎から習ったんだ。簡単に手に入る材料で作りやすいと。スタミナ料理は覚えていて損は無いだろう」
どこか満足げな表情が可愛い、と零はにこにことしてしまう。
「蓮巳くんが留守番していてくれて、本当に助かっておる。また、来週にも二週間ほど海外公演があるんじゃが…」
零は紙袋から免税店で購入した財布を取り出した。敬人の使い込まれている財布の代わりではない。二人での生活にあたり共用の財布にしようと思ったのだ。
こうやって敬人が時折料理を作ってくれるのであれば、生活費用の財布が必要であろう。洗濯や日常的に使うものの消耗品だって、二人で使うものなのだから。
敬人は生姜焼きを皿によそいながら「ちょうどよかった」と言った。
「俺も就職が決まってな。新しいマンションも決まったんだ。俺の代わりに、朔間…弟のほうに、鍵を渡しておくから。一週間、一緒に生活するのも悪くないだろう」
「…え?」
「三ヶ月も世話になったな。長い間、住まわせてもらえて感謝している。明日から、朔間…弟の方がくるはずだから」
敬人は呆然としている零の横を通り、敬人の部屋を開け放した。
「ちゃんと掃除も終わっているから」
満足げに敬人はそう言う。青天の霹靂。
「…就職?」
「あぁ」
「…漫画は?」
「両立するぞ。話したら、特に問題は無いらしくてな。まぁ、慣れるまでは少し描く時間は取れなくなるけど。その間、貯めておけばいいだけの話だしな。俺は割と手が速いから」
「遠いの…かえ?」
「まぁ、そこそこ。通勤時間を考えたら、引っ越したほうがいいと思ってな。…本当に、今まで世話になった。感謝している」
朗らかに敬人はそう微笑んだのだ。
「…今日は歌う気分じゃなくて、客として飲みに来ただけじゃから」
バーカウンターの前で零はそう言って、薫に「テキーラ、ショットで」と注文を一つする。
「…あー。荒れてるねぇ」
「別に」
「拗ねないでよ。…蓮巳くんは?」
「出ていったぞい。…凛月が代わりにたまに部屋を使うそうじゃ」
凛月の弾んだ声を思い出す。
「敬ちゃんに捨てられたんだ」などと。