『横顔』(吸血鬼ハンターD二次創作)
あたしがそのひとに初めて会ったのは、もう十年以上は前のこと。
どこかの港、両親に連れられて船に乗る桟橋がぐらぐらと揺れて、このまま海へ落ちてしまうんじゃないかと気をもんでいたことをよく覚えている。
影が。落ちたのだ。中天にかかりはじめた太陽が桟橋に、そこを渡るあたしの上に、あのひとの影を濃く落とした。その影のかたちが、なんだかとっても綺麗で。恐ろしくて。あたしは母さんの手をつよく握った。その拍子にリリイが――大切な兎のぬいぐるみが、腕からこぼれ落ちて、あたしはリリイを目で追った。
拍車のついた頑丈なブーツが立ち止まった。長い外套が海風に翻る。人見知りが強かったあたしは声も出せなくて、そのひとの足元に転がり落ちたリリイをぽかんと見つめた。
頭上から母の声が聞こえる。急かされている。その声も、すぐに止んだ。どうしたんだ、と父が戻ってくる。その動きも、すぐに停まった。
あたしは両親の顔を見比べて、ふたりの視線の先を追った。
そのひとの横顔は逆光を受けて、はじめはよく見えなかったのだ。見えなかったのに、あたしは口をぽかんと開けた。
綺麗なひとだった。月のない夜みたいに、綺麗なひとだった。
時間が停まったみたいだった。そのひとが動く先から順々に、そのひとの顔を見てしまったひとから順々に、みんなみんな動かなくなった。真昼のあたたかさが真冬のつめたさに取って代わられたかのように、あたしも、両親も、ほかのひとたちも、ぶるりと震えて肩を抱き締めた。
「――D」
「Dだ」
「吸血鬼ハンターの」
「……恐ろしい」
人々の囁きが聞こえはじめた時には既に、その美しい人の姿は桟橋の向こうに消えていた。あたしたち家族が逃げてきた、貴族の元へ向かったのかもしれないと、随分あとになってから気付いた。
母があたしの手を揺すり上げる。あたしは慌ててリリイを抱き上げる。船の汽笛が高く鳴る。時間が動き出す。
これから先幾度も、幾度も思い出すことになる横顔の主の姿を求めて、あたしはもう一度だけ、桟橋の向こうを振り返った。
「来て、いただけたのですね」
うまく微笑めただろうか。ずっと、会いたいと願ったひとを前にして。あたしはうまく笑えているだろうか。
沈み始めた太陽が彼の横顔をあかあかと照らす。白い頬に、鼻梁に、額に、赤い輪郭が灯る。漆黒の睫毛が揺れて、夜の空に似た瞳があたしを、見る。夕日を背に受けた凄絶な美貌がこちらを向く。
やっと、あたしを見た。
静かな充足感と共に、あたしは首に巻いたスカーフに手をかけた。
おわり