1つ目は『炎に包まれた屋敷の中』
2つ目は『指先』
3つ目は『聴く』
燃えている。藁だろうが木だろうが煉瓦だろうがコンクリートだろうが、あらゆるものに火を点けることに長けた『彼』ならば華氏451度でさえも叶えてみせるだろうと思わされた。ともかく『彼』の手がけた素晴らしい技術はといえば、依頼主である男が勤務していたビルをさながら線香のようにじりじりと屋上から地面まで燃やしていた。消防車がかけつけて消火を試みるも、『彼』が生み出した炎の大きな柱には無力もいいところでありそのせわしなく動く様子はマッチ箱で作ったおもちゃらしくも見えた。
くたびれたスーツの袖を通った指先はスマホを取り、端末の中に納まったそれを撮る。実際に目の当たりにしているものよりは幾分かチープに見えてしまったが、致し方ないもの。この炎に勝る刺激などもはや彼の頭にはなく、この炎が成す不完全燃焼の彩に比べればまったく褪せてモノクロームになっていたのだから。座り込んでいたからだは、遠くからでも伝わる熱気で膨らませられたかのように立ち上がり、やがて柵に手をかける。スラックスの尻ポケットからは電話が鳴っているが、耳はそれよりも地上でひしめく救急車のドップラー効果や野次馬のどよめく声ばかりを聴きいれていた。
どうでもよかった。すべてを投げ捨てたくて、どうせ死ぬなら自分に書類を投げつけてきた上司もミスを押し付けてきた同僚もそれを見て見ぬふりをした後輩もみんなみんななくなってほしかった。だから都市伝説らしい『24を24回押せば何でも叶えてくれる魔法の携帯番号』に、もう憔悴した気持ちでかけてみた。依頼料金なんてきっと何年も働いた分それなりに貯まってるに違いないと思って。
『よぉ。お前が依頼主かい?』
やってきたレザージャケットの中年にさしかかるか否かほどの男は、依頼人である彼の手をとって挑発的に観察し、そして大げさな表情で破顔一笑を見せた。
『いいだろう。あんたのその顔、今度対価を払ってもらう時にゃあ最高の笑顔にしてやろう』
あまりにも自信ありげだから、『出来るのか』と聞いてみた。すると彼の口は笑い声をくつくつとこぼしてから手をもっと強く握ってくる。
『俺を誰だと心得る。変えたければ俺を信じな。とびっきりの炎をお届けしてやる』
それが、これだというのだ。自分の疑念に、『彼』はこれで応えた。
心は決まった。決めてくれた。
ポケットで未だ震える携帯電話を取り出して、柵の向こうに放り投げる。どうせこんな大火事に比べればスマホの落下の衝撃なんて大したことがないと思って。
炎の光に背を向けて、何よりも強烈な日陰に足を踏み入れた。