1つ目は『鏡台の前』
2つ目は『絆創膏』
3つ目は『笑う』
99のある部屋で包帯をお願いすれば、彼の事情をおおむね察している連中の誰かがひと巻きの白いそれを差し出してくれる。その日は金髪の長い髪が特徴の、日本人離れした顔立ちの女性であった。彼の今にも折れそうな細い指と薄い掌に包帯を乗せ、さらに数枚の絆創膏を置いて握らせた。彼は包帯がない一部、視線をじっと手に向け、その次に彼女に向ける。そして、もう片方の手がつかんでいる携帯を触った。
『こちらは、一体』
骨格の男性的側面とは裏腹に、女性の声が端末から響いて彼女に伝わる。お互い表情が薄い二人が向き合っている様子は、誰かから見たら滑稽にも見えた。
「時々外傷を放置されていらっしゃるようですので、よければ使ってください」
彼の耳は彼女の言葉を聞く。彼の体は呼吸するために上下する。彼の目は時折深い青を見せて彼女を見る。そのすべてが人間のあるべき反応であるはずだが、そのすべてはあまりにも死んでいるようだった。彼は自分の手の中にある医療機器の形を確かめてから、『ありがとうございます』という定型文でのお礼を述べて、そそくさと立ち去った。
包帯の交代は、誰もいない奥まったところで行われた。誰か、おそらく娼婦であった悪党番あたりかが置いたのであろう鏡台の前に座り込み、照明をつけているにも関わらずそれから逃げるように隅で包帯をしゅるしゅると外していた。
一番にあらわになったのは、骨が浮き出るどころか盛り上がっている頬であった。たとえ無節操なカニバリストでも食欲をなくすような、そんな顔。鼻も脂さえないガサガサした骨の塔であり、額なんかは粉の一つだってありはしない。シワは相応の年を示しているのだろうけれど、それと痩せぎすの線をどうやって区別するのだろうと思えてしまうものがあり、乾ききったそこはまるで無風の砂漠にも思わされた。切るなんて考えたこともない髪が彼の額や瞼を隠し、影を落とす。鏡台を前に彼がぼんやり思うこととしては、もはや人の顔を見ているものではないことは確かであろう。
ふと、その視界はそうではなくなる。
舐めあげるような視線と、跳ねる髪と、高い鼻と、少し横に広いパーツ。
どれだけ吹きすさぶ嵐の中でもきらきらとこちらの視線を向けさせた、誰かが、いた。それに彼の表情は驚愕を見せ、開いた目をぱちりと一つ瞬かせる。しかし、その先にはやはり乾いた土の盛り上がったりくぼんだり動いたりするのがあるだけで、何もなかった。
なぜ、彼がその気持ちに駆られたかは語り記すことはできない。しかし彼はそんな何かの虚像を見た途端笑いたいという衝動がこみ上げてきて、事務所でいつも誰かがしているような『げらげら』『くすくす』『ぎゃはは』というような言葉を放ってみたりしたのだ。それはしばらく続いたが、やがてぴたりと止まる。喉のひりひりした感覚がどうも残っていて、彼の骨格がそれをなぞる。
何をくだらないことを。そう思い至り、彼は静かに顔を覆う作業を始めた。
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20220410三題噺
初公開日: 2022年04月10日
最終更新日: 2022年04月10日
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コメント
1つ目は『鏡台の前』
2つ目は『絆創膏』
3つ目は『笑う』
A1000sei
A千所為 もらったもの打ち返し
手取川
すばらしい旅
すべての人間が旅をするSF。旅によって人は自由になり、旅によって人を愛せる。
トチ
ゆにば行く宿伏になるはず
企画の遅刻参加したいと思っているけど間に合わなかったら普通に投稿予定。ゆにばに行ってひたすら食べまく…
あぼだ