結局悟は、傑の家具を運ぶのに、術式を使用しないことにした。なんとなく、そういうもんなんじゃないかと思った。自らの手で成し遂げるとか、汗を流すとか、根性論は嫌いだが、なんとなく、そういうものなんじゃないかと思ったからだ。
 昨日も硝子と、傑が体育館に残していったサンドバッグを二人がかりで運んだ。砂の入った長い袋を吊しているタイプの、本格的なやつだ。ほかにも、小さい的を殴るやつとか、バネを引っ張って背筋を鍛えるやつとか、色んなものがあった。サンドバッグはとても重かった。
 ――え、オマエ買ったのこれ。つかこういうの通販で買えるんだ。引くわー……。
 嬉しそうにサンドバッグを見せびらかしてくる傑にそんな反応を返したことを、久々に思い出した。
 ――そういうこと言う悟には使わせてあげない。身体鍛えたくなった時はそこらへんで走ってるといいよ。
 犬みたいに走り回ってさあ、と傑は挑発的な態度を取ってきた。おそらく、到着を心待ちにしていた買い物をけなされて、むかついたのだろう。はあ? いらねーし、と悟は答えた。あの時は、軽い喧嘩になった。結局その後何回か、悟はそのサンドバッグを借りて、殴った。身体を鍛えるのに必要とは思わないが、ストレス解消にはよさそうだった。
 傑の部屋は、随分とすっきりしてきた。最初に、見えるところにあった小物やゴミを色々と片付けたので、見た目的な効果はあるだろうが、随分とものが、少なくなった。校内にあった私物も、なくなってきている。
 傑がいた痕跡が消えると、何故かますます、彼のことを、強く身近に感じるようになった。傑の靴であったり、机であったり、サンドバッグであったり、そんなものの形をした穴が、校内のあちこちに空いている。
「オマエ来ないなら、俺も休もうかな」
 部活をサボる感覚で、悟は言った。ああ? と硝子が、顔を上げて悟を睨んだ。
「なにそれ。甘えたか?」
「いや、なんか、そろそろデカいものしか残ってないじゃん。一人じゃきついって」
 二十一日まで、と締め切りがあるのがなんだかいけなかった。まだ余裕があるからと思いながら、一日一個か二個のものを運んでは、もうやめるか、と満足してしまう。
「つか、そっちも任務?」
 尋ねてみた。はあ、と硝子のため息が深くなった。彼女の様子は、珍しくも、ひどく陰鬱だった。
 普段任務に関して、同学級の生徒間でも、それほどの情報の共有はされていない。依頼人に関しての、個人情報の秘匿の必要性もある。同じ任務にあたる者同士でない限り、みだりに任務の内容を共有すべきではない、というのが上の方針なのだろう。
 なので、硝子が現在日々どんな任務を受けているのかを悟は知らないし、硝子の方でも、悟が内実どんな任務で九州に赴くのか、まったく把握はしていないはずだ。
 傑がいた頃は、ペアで動くことが多かったから、二人の雑談の中で、硝子も任務内容を把握していることも多かった。彼がいた最後の一年は、ばらばらに動くことが増えた。だから悟は、最後の一年、傑がどんな動きをしていたのかを、あまり把握していない。傑の契機になったのであろう村での任務の内容にしても、後から夜蛾から聞き出して、おおまかな概要を知っただけだ。
 それでも、以前の自分たちならば、もっとなにがしかの、話をしていたんじゃないかという気がする。ペアで動くことがなくなっても、もっと、何か。何か話をしていれば、変わることがあったのではないかと、そう思うこと自体がもう、傲慢であるような気もした。
 硝子はしばらく、言いよどんでいた。言えないことなら別にいいけど、と悟が言おうとした直前に、ようやく口を開いた。
「けが人が増えてんだよね」
 なるほど、けが人が増えると、硝子の仕事が増える。理屈は分かる。が、
「なんで?」
 首を傾げた。硝子の目が、少し細くなった。あ、やっぱり知らないんだ、と言った。
 よく見ると彼女の目の下に、うっすらとしたくまが出来ている。前から、任務で徹夜した後などに、たまに出来ていた。体質的に、目立つらしい。けど、指摘すると怒られそうだから、やめておく。
「知らないって、何が」
 クマについて指摘するかわりに、悟は質問を重ねた。
 いやさあ、と硝子が、言いにくそうにくちびるを開く。
「傑の捜索が、一向に進んでないじゃん?」
「ああ、うん。そうね」
 捜索が進んでいないというか、探しようがない、という方が正しいのではないか、と思う。夏油傑は、今や特級呪詛師だ。特級の名を冠する人間は日本に何人といないわけだ。そこらの一級呪術師が足取りを追おうとしたって、追えるものではない。レベルが違いすぎる。一級から見て特級という力は、もはや彼岸にあるといっていい。
 九十九あたりは、命令されて動くような人間ではない。そして五条悟はここにいて、別に、傑を探す任務についてはいない。まあ、悟に、傑を探せと命令する馬鹿も、上層部にはいないだろう。二人が友人であったことは、上も把握している。傑を探し出す可能性よりも、悟が相手にほだされ、ともに離反することを警戒するのが、上層部の筋というものではないだろうか。
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