<ツカサにご飯を食べさせたい>
木造パーツが多い船は、当然だが、ボイラー室以外は火気厳禁である。
煮炊きは基本的にできず、フランソワでさえ、腕を振るえるオーブンは持てない。辛うじて、電熱器を調理場に置いているが、多人数に提供する料理を作れるほどの火力はない。せいぜい、少人数への茶ぐらいだ。
そんな中、ラボカーでは加熱実験のために電熱器をそもそも備え付けてある。
千空はそのスイッチをつけた。水を満たした三角フラスコを置く。
フランソワが差し入れた干し肉と、武力チームが漁もして甲板の天日で作った干物をちぎって入れる。じわじわと水から戻す方が、エネルギーロスが少ない。
壁面収納から、紙容器を二つ取り出す。Cと書かれたものと、Pと書かれたもの。
カウントを続けつつ、海図片手に進路予測や位置計算をしながら待つ。龍水が、これからは北よりの強風の予想を立てたので、右に傾きやすくなるため、人員や物資を左舷に配置していかなければならない。重量計算が終わったところで湯が沸いた。細かい泡が静かに立っている。
紙容器の蓋を開けて、湯を注ぐ。商品として販売するなら中に目印線を入れるべきだが、開発者の千空は適度な濃度になる水体積を把握できているので、そこは省略した。
枝を削った箸を二膳、行儀がいいやり方ではないのはわかるが、それを気にする環境でも相手でもないことをいいことに、容器の上に渡して、蓋を閉じる重しにした。
100秒数えたら、ラボカー入口のドアが開いた。
「千空、前帆と後帆引きの武力チームの配置についてだが……」
「その件だが、食いながら話そうぜ」
Pと書かれた紙容器を、顔を出した司に差し出した。
司は怪訝に眉を上げた。
「カロリーは足りてるよ」
「テメー、支給分誰かにやっちまってるだろ。銀狼か、モズあたりか。出発時よりダイエットしやがって……しぼんでるのわかんだよスリーサイズ」
「……参ったな」
椅子の前に、紙容器と箸を置く。司はため息を吐いて座った。観念したらしい。
「シュトレンとリエット、おいしいのはわかってるんだけどね」
「保存性を高めるための砂糖とラードだからな。省略てわきゃいかねぇし、かと言ってフランソワがテメーだけ特別扱いするわけにもいかねえ。で、こっそり俺から食わせるようにと、干し肉を貰ったってワケ。」
「――だからってインスタントラーメンだなんて」
「そのPて字、プロトタイプって意味もあるが、プロテインの方でもあるぞ」
「うん?」
「開けてみ」
司は容器を開けた。麺がほんのり緑色である。インスタントラーメンとしては珍しいが、茶そばなど緑麵自体はそれほど奇異ではない。
「オオバコに、低カロリーの葛粉をつなぎに、小麦粉も塩酸でたんぱく加水分解物にしてる。こっちのCは小麦粉ベースのフツーので俺用なんだが、比較すりゃ、ずっと低糖質高タンパクだ。まあ、プロトタイプなんで味の保証はしねぇけど、俺が最初に作ったねこじゃらし麺よりはマシってとこ」
「オオバコ……塩酸……」
オオバコは、いわゆる『その辺の草』だ。二本のオオバコをそれぞれ二つ折りにして、引っ張りあって残った方を勝ち、ちぎれたほうを負けとするオオバコ相撲を、遊び道具が乏しい幼い頃、未来とやったな、とそんなことを司は思い出した。あれって食べられたんだ。
塩酸……食品に使っていいものなのだろうか。
司の頭の横に浮かんだはてなマークは、ばっちり千空に見えたようで、説明を補足した。
「言っとくが、石化前は海外だが、真っ当な食品会社がタンパク質強化麺は似たようなやり方で作ってただぞ。日本でも、百福のオッサンとこで開発中だったとか何とか……うし。180秒だ。食え」
「――いただくよ」
補足されなくても、食べ物を無駄にする気は毛頭ないため司は箸をとった。
湯気がのぼる。アミノ酸が溶け合った匂いが広がる。温かい食べ物は久しぶりのため、息を吹きかける。
千空はもう啜り始めている。
「猫舌?」
「元々、こういうものあまり食べなくて」
「石化前も、もっといいもん食べてそうだもんな」
「いや、麺そのものが噛む回数が少ないから、あまり食べなかったんだ。熱いものは特にね」
「水足すか」
「いや、いいよ。真水は貴重だ」
司は前髪を耳にかけ、千空よりずっと少ない麺をとり、口に寄せる。白い歯がすき間に見える。舌が小さくのぞく。ちるちる。汁が絡まりつつ、吸われていく。
千空は小麦麺と一緒に、唾をそれを見る前より多く飲み込んだ。
「……おいしい」
「こっちよりは、ぽそぽそだと思うが……食って比較してみろよ」
例えばこのラボカーが、キャンピングカーみたいに娯楽のためにちょっとしたアウトドアをしているだけだったりして。扉を開けた外は、送電塔や愛らしい夜景が遠くに見える、気分転換をするばかりのちょっとした自然を味わえるオートキャンプ場だったりして。
日帰り温泉にマッサージチェアや、読み放題のマンガコーナーがあるスーパー銭湯が近くにあったり、ツーリング目的の排気音やヘルメットが多様なバイクが並んでいたり、マウンテンバイクでやって来た猛者がいたり。
天体望遠鏡を千空が持ってきていて、司がテントを張るためのペグを打って。チャッカマンと買ってきた薪でキャンプハイヤーとかやっちゃったりして、マシュマロ焼いてチョコレートといっしょにクラッカーではさんで、沸かした湯でレトルトカレーとα米をあっためて、それでペルセウス流星群を観察して……。
「これがいい。うん……おいしいね。ありがとう」
ペルセウスの名前に、ラボカーが入ったガレージの暗さと、甲板すき間からの点滅から、そんな星空が浮かんだ。
「――ならいい。武力維持のためだから、礼もいらねぇ」
もっといいもん、うまいもん、たのしく……いっしょにごはんができるまで相当こうしてかかったわけだが、叶えられるとそれはそれでそれ以上を考えてしまう自分は、龍水の言う通り、なかなか強欲な男なのかもしれない、と千空は思った。
FIN