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1つ目は『海に浮かぶ浮き輪』
2つ目は『本棚』
3つ目は『踊る』
水彩絵の具が混ざりながらも濁らせずそこにある。小さな浮き輪の赤と白がなんともいえず愛らしさあるいはもの悲しさを引き立てるその絵は、彼の質素なワンルーム、本棚の横に侘しくかけられていた。余計なものを全て捨てて引っ越し、この木造アパート二階に置くものは最低限以下であった。溜まる洗濯物は来週コインランドリーに、風呂は明日の朝にコインシャワーに行くかあるいは駅構内の風呂場を利用すれば問題ない。着替えと本と趣味のものわずか、それとこの絵があればしがない狙撃手の心は問題なく稼働するのだ。;への出勤が、三時間後に控えている。
撃たれた連中の半分は、ゆっくりと体を地に降ろす。残り半分は、体をくるくると彷徨わせてからドウッと倒れ伏す。手を合わせて、目を閉じる。瞼の裏にある暗闇は、看板の光を透かして曖昧な絵を作り出した。彼らの生活を調べこそすれ人生を調べるなんてことはしない。意味がないからだ。どうせ死ぬから。組織のスタンスはあくまでそのようなものであったが、彼は違った。獲物も暗殺者も依頼人も生き方がある。皆の生き方に拘りがあったり経緯があったり理不尽がある。彼はそれを無視することを嫌った。いちいち標的を調べたうえ仕事終わりに手を合わせる彼の生真面目な仕事の様子は他の構成員に笑われたものだが、彼らの長はそうではなかった。
『ただでさえ病気があるのに、お前はなんといい子だろうな』
そんな言葉をかけ、頭に手を置いて長い髪を乱していた長の言葉を彼は思い出す。頭の温さを思い出す。奪った命の健気に生き延びようとする足掻きを思い出す。この仕事の報酬を思い出す。まだ六桁も残る借金を思い出す。もう別れた妻の顔を――
思い出せない。その前に、体がこわばったような感覚に陥って、ビルの屋上で丸まって、のけぞって、まるで踊りながら死んだ彼らのようにふらついた。しばし、意識の暗転。
まだ髪が柔らかい時期の彼女から貰った絵の青々とした海が、気絶する最後に思い出された。
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手取川
20220407三題噺
初公開日:
2022年04月07日
最終更新日:
2022年04月07日
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