1つ目は『昼の教室』
2つ目は『ブーツ』
3つ目は『飽く』
パンジャン
彼らはいつものように遅刻をしてきた。ブーツをがつがつと鳴らして、揃って退屈そうな顔をして。どっちがどっちかなんてわからない。けれど一つ確かなこととして、今教室に入ってきた二人は、この学校の名物となった天才の双子であるということだ。そして僕は、そのクラスメイト。別に隣の席でも同じクラスでもない。ただの、同級生という集合に括られている同士なだけの関係だ。
この双子がどういう存在かを話さなくてはいけない。
二人を名前で呼ぶ人は早々いない。どっちかを呼ぼうとしたところでどっちも反応するからだ。つむじの位置までそっくりなこの二人を見分ける方法はといえば制服を着崩させるほかないし、もし彼らが意図的にそれを替えようものなら何が何やらわからなくなる。つまりこの二人を別々に、間違いなく呼び出すには『全教科首席』か『理系科目満点』というなんとも酷い渾名で呼び出すほかないわけだ。実際この二人の片方、明るく話すほうは毎回先生の話をゲーム機片手に聞いていたり授業自体をサボったりしているにも関わらず全教科一問除いてほとんど満点をとっているし、いつも平坦に話しているほうは毎回綺麗にノートをとって真面目に授業を聞いているはずなのに国語や社会の成績はどうしようもなく悪い代わり数学や生物あたりの成績は文句をつけようがない百点を取っていたりするのだ。ちなみに理系科目が満点のほう、英語はそれなりにとれているのだがその理由を聞いてみれば『高校英語は言語の法則を聞いてくるだけだから数学のパズルを解いてるのと変わりない』とのことらしい。どういう理屈なんだ。ともかくこの二人、成績がいいことで注目されているのはいいのだがそれ以上に悪評も多くあるわけで。授業を聞いてないほうは先生が話している最中いきなり「飽きた」と言って帰りだしたことがあった。それにもう片方も、真面目なのはいいんだけど感じが悪いだとか告白した女子生徒がひどいフラれからをしたとか医学書ばかり読んでるだとかいう変人ぶりを伺える噂を聞く。つまりこの双子ははっきりとは言えないが問題児、どうしようもない二人というわけである。それでもって話している様子はまるで二つのスピーカーで一つの音楽を流しているみたいにピッタリなものだから面白いので、人気もある。一時期生徒会長として二人を立候補させたらどうだという話も持ち上がっていたのだから恐ろしい話だ。
そんなことを思い出しながらぼうっと彼らを眺めていると、机に座っていたほうがいきなり飛び降りてこちらに歩み寄ってくる。見ていたことが気に障ったのだろうかと警戒していたが、なんせ表情が笑っているものだから悟れない。彼はすとんと自分の前に座った。いずれこっちもお叱りを受けるはずだ。同じクラスになったのは今年からだし、噂が噂だからこっちから話したこともない。だからこうして目の前に座られることが疑問だった。
「今日、体育の授業は何だった」
「え」
その話し方は理系科目が満点だったほうで、今の装いとは違う側であるはずだ。だのにどうして。そう考えたことを読み取ったみたいに彼は話す。
「あいつがネックレスを忘れていてな、どうせだからつけていったら、見事に間違われてな」
「……遅刻した理由って」
「『寝坊』だ。それより質問に答えろ。今日の体育の授業は何をしていた」
「え、バスケ、だけど」
「だろうな。突き指、我慢しているだろ。携帯をいじる手が明らかにおかしい。見せろ」
そういうが早いが俺の腕を掴んでくる。そこまで痛くないと思って授業が終わってすぐは無視していたが、思っていたより痛かったせいで昼食がうまく食べられなかった。しかしそれに気付いている人なんて誰もいない。そりゃあ何も言わなかったし、指だって変色していない。その観察眼が普通じゃなくて、双子とか天才ってそういうものなのかなと勝手に考えていた。
「携帯を置け。処置をする」
「いや、いいよ。保健室行くから」
「あんなヤブ信用できるか。それにこれは骨性槌指だからな、病院に行かないといけない。早退は面倒だろう」
なんて言った?コツなんとか、と難しいことを言っていたのはわかるが、漢字に変換されてくれない。しかも病院って行った?
「……なに、それ」
「そんなことも知らないのか」
そのぴしゃりとした言い方にむっとしてしまった俺は、「悪かったな、こっちはお前と違って学年一位の成績とかじゃないんだよ」と吐き捨ててしまった。しかし彼はどこからか取り出したよくわからない道具で俺の指をどうにかしようとしている。いや、任せられるか。
「いっ……!おい、何やってんだよ」
「腱性マレット指はマレッターで保存するのが最適だ。しかも四限だったからな。まだ早い時期ならこれでしばらく安静にしていればなんとかなる。痛いのはしょうがないだろう。伸筋腱が断裂しているのだから痛くて当たり前だ。このままだとスワンネック変形を起こすぞ」
そうわからないことを何やら言っててきぱきと処置していく様子はなんだか本物の医者みたいで、俺はつい痛くないほうの手で目をごしごしこすってしまったが、彼は何度俺が疑って見ても、俺と同じブレザーを着てネックレスをつけて仏頂面な双子の片方であった。彼はテープをしゃら、と切って手を放す。幾分かマシになった痛みに、俺はしばしびっくりした顔のままになっていた。
「麻酔は用意できないから、一旦これで。授業が終わったら病院に行け」
手術する気だったのか、と言いたい気持ちを飲み込んで「ありがと」と頭を下げる。「お大事に」となおも医者っぽく返す彼はやはり無表情のままだった。チャイムが鳴る数分前、教室の後ろ扉ががららと勢いよく開けられる。もう片方、つまり全教科首席のほうだ。
「なぁ、それ」と入ってきた彼は首をとんとんと軽く叩く。教室にいたほうは「ん」とだけ答えてネックレスを外した。やはり双子はこういう時に何か言う必要もないのだろうな、と余計な推察。ニットベストとネックレスをとっかえて、教室にいたほうがブレザーのボタンをとめればすっかりいつもの双子だった。……いや、こちらからしたら着替えたところでどっちがどっちかよくわかってないのだけれど。ぼうっと見ていると、二人が揃って「なぁ」と声をかけてきた。
「なに」
「どっちが――でしょうか」
「え」
問いかけてからクスクス、と笑う二人はバラバラでいるときと違ってまるで別の生き物みたいで、俺は目を見開いてしまった。声も同じ、体格も同じ、言葉も同じ、しかも今は席をぐるぐると回っている。だからほとんど当てずっぽうになってしまって、
「……こっち」
とネックレスをかけていたほうを指さす。彼らはしばらく表情をなくしていたが、やがてまた笑い出した。成績がいい二人とは思えないくらい子供、それもいたずらっ子みたいな笑顔。
「間違いだ」「残念」「次、家庭科だってね」「調理実習?」「どうだっけ」
同じ声色が二重になっている。「そうだよ」となんとか返せば、「ありがとう佐々木くん」とやはり二つの声が聞こえる。二人とも三角巾とエプロンを鞄の中から取り出して、揃って扉に向かった。
「早くいかないと遅刻するぜ」
二つの声に、俺も慌てて次の授業の用意をしだした。