1つ目は『学校の屋上』
2つ目は『ジャージ』
3つ目は『欺く』
ゲリラ豪雨が過ぎ去り高い空がギラギラと日差しをこぼして笑っている、そんな一日。
蓬莱俊がその日教育施設に来た理由は単純で、ZOD23がよこしてきた犯行予告に備えるべく警備をしていたからだった。本来は警察のやることなのだろうが、ZOD23が絡むとなると油断はできない。犯行予定時刻の午後授業を中止にすればいいのだからという理由で数人のへいざー含む捜査官が派遣される折となり、その中に古参職員である蓬莱も選ばれたというわけだ。結局それはエレキを混乱させるためのハッタリであり、つまりは無駄骨だった。そしてその後始末として教育施設を警備するという話になり、蓬莱はまさにその最中であるということである。
夏休み手前の太陽が高い時刻、歩いても立ち止まっても汗は間欠泉のように噴き出すばかり。伸ばしっぱなしの髪が目にかかるのがじれったくて、左手でまとめあげる。暑い。近くにそういう変電型でもいるんじゃないかと思わないと気が済まない。不審物がないか、教室を一つ一つ見て回る。涼しい風を期待するもエアコンが効いているはずもなく、むわっとかぶさってくる熱気がまとわりついてくる。ヂヂヂ、と放電の音にも似たセミの鳴き声が遠く何重にも聞こえる。それが余計に夏を感じさせて、いやになって教室を出た。
すべての教室に不審物はなかった。しかし、まだ一つ残されているところがある。最上階でもう一つ上に伸びる階段を見上げて、少しうんざりとさせられる。しかし自分の担当している区画の七、八階に何もなかったからといってその場所に爆弾の一つや二つでもあれば責任は蓬莱にまわる。それも嫌であったし、なによりここは蓬莱の母校でもある。大きく二酸化炭素を吐き出して、階段に足を置いた。
日本人にしては明るい髪色の青年、いや少年か。それはわかる。茶髪の少年が不真面目にジャージを着崩していた。真夏のギラギラした日差しを受けて、全身から気怠さを見せていた。ぼん、と小さな音。目が合う。真っ黒な目。
「……下校命令を聞いていなかったのか、それともわざとか」
「さてね」
いかにも思春期特有といった口ぶり、佇まい。それを見る白髪の男の目は、日差しと若さを目の当たりに細められていた。
「怪しいものは見なかったか」
「ありませんよ。強いて言えば怪しい『者』はここにいますけど」
これは重症だ。蓬莱は自分のことを棚に上げて率直にそう感じた。
「教職員には大目に見てやるから、帰れ」
「……」
ジャージの中に着たピンクのTシャツが、汗で濃くなっている。自分が着ていたころと何一つ変わっていない、耐久力以外全部犠牲にしたような代物。彼はこちらなど気にする様子もなく、日陰を探していた。
「少しなら日陰になってやろうか」
何の気の紛れかそんなことを言ってみれば、この少年は存外本当に暑がっていたらしく、「じゃあ遠慮なく」と蓬莱の背後にどかっと座り込んだ。が、その拍子に彼は大股で入り口まで歩み寄り、ドアに手をかける。
「なんて言うと思ったか。もしここに『不審者』が来ていたらどうするつもりだった」
「さあね。どうにかしてましたよ」
「子供はおとなしく大人を頼れ。子供だから持てる権利だ」
彼が淡々とそう告げれば、その言葉は少年の癇に障ったらしい。
「国家の犬なんだからおとなしく吠えてりゃいいのに」
少年が捨てるように言葉を置く。彼はドアを開けて校舎に入るように促す。ふてくされた顔をしていたが、少年は大人しく日陰の中に入っていった。冷房などはないが幾分か下がっている温度は互いを冷静にさせる。
「……国家の犬、という呼び方は気に食わないが、言ってることに間違いはない」
「なら、」
「だがな、犬が意見を持たないわけではないということは少し考えればわかるはずだ」
少年が歩けばその後ろをついて歩き、立ち止まればそれに倣う。犬だ、とやはり少年は思ったが、立ち止まっている間も下に降りている間もその視線は彼だけでなく周りすべてを警戒している。
一階の下駄箱前には職員が集い、そして少年がいたことに戸惑っている様子だった。
「安全確認、完了しました。少年一名保護。指導お願いしますね」
そう言って彼はクールビズの装いの教職員に少年を渡す。禿げ上がった頭の中年は「いい加減にしろ江瀬!」と何やら怒り心頭であった様子だが、蓬莱はそれに目も留めず避雷捜査官に安全確認の続きを報告していた。
「あんた、蓬莱っていうんだな」
後ろから投げられた声。振り向けば、やはりあの少年がにやりと笑いかける。
「今度あんたの家の前で爆竹鳴らしてやるから、覚えてろよ」
「……警察の前でそれを堂々と言う根性は認めてやる」
日が傾き始めた、そんな一日。