――その、視界の端を、見慣れない制服姿がよぎった。
インストールされているデータの中に、あんな制服のデータはあっただろうか。チェックツールを起動し、NPCデータとの比較を行う。結果はものの数秒で返ってきた――該当なし。
では、あの制服姿の女子生徒のアバターは、何者だ? いや、それ以前に、あれは本当にアバターなのか。
雑踏の向こうに消えうつある女子生徒の背中を、私は足早に追う。同時に、正体不明の女子生徒のアバターを画像検索。ヒット。
検索結果には「私立鴎華女子学園」の名前があった。聞き覚えのない学校名だ。
だが、検索結果は間違いなくその学校名が実在のものであることを示している。
これはありえない。実在の学校の制服のデータを無断で再現することは重大な規約違反だ。いや、それ以前にそんなデータをどうやってこのスタンドアローン状態の「ネクサス6」の中に?
おかしい。明らかにおかしい。私はその疑念を振り払うように、あるいはその疑念の渦中に誘い込まれるように、女子生徒の背中を追う。
私は走り始めた。VRの中だと言うのに、異様なほど鮮明な現実感。頬を伝う汗の感触すら、現実のものに思えてくる。いや、もしかしたらこのVRの世界こそが……なにをバカな!?
一歩進むごとに、一歩分、この世界がおかしくなっているような気がする。いや、おかしくなっているのは、私の方なのではないか――。
もう視界のどこにも女子生徒の姿はない。場所は交差点から繁華街に変わっていた。時間は夜。システムチェック中は時間の経過はオフにしてあるのではなかったか。どうにも頭が回らず、そんなことにすら考えがいかない。
夜の繁華街を彩るネオンが、私の視界を、そして思考を幻惑する。
「これは……これは一体何だ? なにが起こっているんだ?」
私は思わずそう口に出していた。はたから見れば、VRゴーグルを装着してシートに横たわった男が大声で独り言を言っているという間抜けな絵面なんだろう。しかし、私のそんな姿をからかってくる者は誰もいなかった。当然、周りのNPCたちも、プログラムに従って行動しているだけだ。私の方に注意を向けるものなどいなかった。
「なんなんだ……なんなんだこれは!」
繁華街の毒々しいネオンの光を全身に浴びながら、私は叫んだ。もちろん、そんな奇矯な行動にも、振り向くものは誰もいない。
代わりに――。
どさり。
と、なにか重いものが落ちる音がした。同時に、すぐ近くの電飾看板が砕け散る甲高い音も。
反射的に音のした方を向いた私の目に飛び込んできたのは……私が追っていた女子生徒と同じ制服姿。
彼女本人ではないことは髪型でわかった。彼女は片方のもみあげを伸ばした特徴的な髪型をしていた。しかし、今私の目の前に横たわっている女子生徒の髪型は三つ編みだ。
――待て。私はなぜ、最初に見た女子生徒の髪型を記憶している?
倒れた三つ編みの女子生徒は、ぴくりとも動かない。その体の下からは、赤い血が数本の筋になって、アスファルトの上に不可思議な文様を作り出している。――飛び降り自殺だ。
――待て。こんなイベントを仕掛けているはずがない。第一、NPCが自殺するなどということはありえない。
繁華街の歓声と人混みとネオンの洪水の中で、少女の躯はあまりにも小さなものに見えた。当然だが、繁華街をある人々は、誰一人として路地裏で死んでいる少女になど見向きもしない。
しかし――少女は微笑んでいた。何事かを成し遂げたかのように。あるいは、何事かから開放されたかのように。
「四方田知沙ちゃん」
「ッ!?」
背後から、声が聞こえた。
そのつぶやくような声は、雑踏の中にあって異様に鮮明に聞こえた。
反射的に振り向くが、その方向には雑踏が無限に続いているだけ。無数の人だかりが、亡者の列のように一方向へと歩いている。
視線を三つ編みの少女が倒れている路地裏に戻すと、そこにはもうひとりの少女がいた。特徴的な、左のもみあげだけを伸ばした髪型。リング状の髪留め。
「玲音……」
その名前は、私の口から……いや、私の記憶から、沈殿した泥がかき回されるように浮かび上がってきた。
私に名を呼ばれた彼女――岩倉玲音は、感情の薄い茫洋とした表情でこちらを見ている。
彼女に、私は見つめられている。観測されている。認識されている。
「そう。だから、あなたはここにいるの」
玲音はそうつぶやき、アスファルトの上にしゃがみこんで、三つ編みの少女の頬に手を伸ばす。
「四方田知沙ちゃん。覚えてるよ。1回だけ一緒に帰ったよね」
命の色を失った青白い頬に、玲音は細い指先で触れる。