眠れない夜がある。
昼から出動しっぱなしで、身体は疲れているハズなのに、頭はしっかり冴えていて、どこか物足りない。そんな夜がある。そんな時は諦めて、夜中の見回りをよくしたものだ。
だから今日も、と思っていたが、我が友デヴィット・シールドは許してくれないらしい。今もほら、玄関マットの上に仁王立ちして、クマの酷い二つの目でギロリとこちらを睨みつけている。
「おう、非行息子」
「息子かあ」
頭を掻いて誤魔化そうとするも、目前の友は騙されてくれない。
「眠れないんだよ。だったら世の中のために何かしていた方がいいだろう?」
「言い訳なんて見苦しいぞ。素直にまわれ右しなさい」
でもさ、と悪あがきしてみてもデイヴは頑なだった。
諦めて、振り向いた途端にグゥと大きく腹が鳴る。後ろからデイヴが吹き出した音が聞こえた。
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「それにしても、ふふ、お腹が空いて眠れないとはね」
キッチンにて、夜食でも食うかと誘ってくれた。そんな気の利く友人は、いまだにくつくつと喉を鳴らして笑っている。
「まだ笑うの?」
耳まで真っ赤にして、それでもまだ肩を震わせる。
「ごめん、ごめんって、食べ盛りくん。さあ、何を食べようか」
失笑混じりに冷蔵庫を開けて、デイヴはひと通り中身を見渡した。気になって、一緒になって覗き込む。
バナナ、りんご、牛乳、チーズ、ヨーグルト・・・
あとは期限が切れかけのジャムと、カチカチになった蜂蜜と、空っぽになったケチャップのボトルが一つずつ。せめてパンのひとかけらでもあれば腹も膨れるであろうに。
「肉ないの?」
「生物は、ほら、すぐ腐っちゃうだろ……?」
そうだよな、なんて納得しつつ、それでも我らが食糧庫の悲惨さを目の当たりにして項垂れる。
「明日は買い出しだね」
「ちょっと遠出してみようか」
いつもは大型のスーパーで冷凍食品をまとめ買いしているけれど、明日くらいは市場で新鮮な魚介でも買ってみようと思った。
「さあ、作るか」
「えっ、これで!?」
きっと無理だろうと諦めかけていた夜食を作ろうかと言い出すデイヴに驚いた。こんな減量前のボクサーみたいな冷蔵庫から、どんなものができるというのか。
目を見開く私を横に、デイヴは材料をひょいひょいと取り出して食器の準備を始める。
「トシはシナモンかけないままでいいかい?」
バナナと包丁を携えて、にんまり笑うデイヴの姿は誰より頼もしく見えた。
✳︎
シールド家直伝の夜食は簡素なものだった。それこそ3分クッキングだ。温めたヨーグルトにトースターでトロトロになるまで焼いたバナナを乗せる。蜂蜜を垂らして出来上がり。デイヴはそれにシナモンをかけていた。
「さあ、食べようか」
白い皿に盛られたバナナヨーグルトはほんのり温かく、蜂蜜の優しい香りが鼻をくすぐった。
「「いただきます」」
手を合わせて、スプーンを握る。甘く、ほっとする味が口の中に広がった。
ひと口、ふた口、み口。ゆっくり、ゆっくり、明日の予定を話しながらヨーグルトを口に運ぶ。
とろりと甘い時間だった。
「それにしても、さっきのは笑えた」
まだ言うか。そろそろ言い返してやりたいが、それでも彼が作ってくれた夜食があんまり美味しいので文句が言えない。
「食欲よりも仕事をとるんだもんなぁ、トシは」
またくつくつと笑って、デイヴもヨーグルトを頬張った。彼の器にはシナモンがまぶされている。
「……もし私が暇つぶしなんてやってる間にさ、誰かがどこかで困っていたら、それほど辛いことはないだろう?」
「君はあれか、この世全ての悪の根源なのか」
呆れたようにデイヴが言う。
「困っている人はほっとけないだろう」
食い気味に言い返す。
「トシ、トシ」
カランと空の器が鳴った。
「君が幸せになることで、人が不幸になる訳じゃないんだぞ」
そうだろうか。
自分が手を尽くさないことで、誰かの笑顔がなくなるのなら、それは自分のせいではないのだろうか。
「でも、もし、君がこの時間私に付き合わず、幸せに眠っていたら、私はこんなに幸せな気持ちになっていないよ」
だから自分もそうで在りたいのだ。
真っ直ぐ見つめてそう言うと、デイヴがほっぺをつねってきた。それとこれとは違う話なのだそうだ。
「何がどう違うんだい」
「俺は君と夜食を食べられて幸せだし、そもそも君は、見ず知らずのどこかの誰かと親友とを同じに扱うのかい?」
「……うん」
なんだか腑に落ちなくて、口ごもった私を咎めることもなく、デイヴはやれやれという風に笑って、空の器を片付けた。
カランカランと音がした。