空は快晴。パトロール中のヒーローが頭上遥か遠くを旋回している。
一方我々は目下、家具屋を目指し、オールモービルで出撃中であった。
「パトロール日和だと思わないかいデイヴ」
巡回している同業者に気付いたトシがキラキラした目を向けてきた。
「はいはい。今日はモービル飛ばさないからな?2人のベッド一式とテーブルと椅子は絶対買うんだからな」
「早く終わるかも知れないだろ?」
「そしたら組み立て作業だ」
「デイヴ」
空色のつぶらな瞳が見つめてくる。
こうすればオレが折れるとでも思っているのだろうか。折れないぞ。今日は絶対に折れないぞ。オレだって、もうスプリングの飛び出た、ぎっしぎしのベッドで寝るのは嫌なんだ。もう腰が限界なんだ。
「非番のヒーローは呼ばれるまで待機。こないだ説教喰らったの忘れたか」
「デイヴ……」
「あーーー!無線は入れておくから安心しろって!大丈夫だよ!」
「オーケーだ!ありがとうデイヴ!」
結局、この笑顔に弱いのだ。
ため息を一つ小さくこぼして、ハンドルを持つ手に力を込める。いつお行儀よく隣に座る相棒が飛び出していっても大丈夫なように。
*
無事に近所のインテリアショップにたどり着き、今度は安堵のため息をつく。
「お疲れ様」
「疲れるのはこれからだ。だだっ広い店内を右往左往しなきゃならないんだから」
「そんなに広いのかい?」
浮かれた声に答える代わりに、入り口にあった店内の模式図を指し示す。
「迷子になるなよ?」
「まさか!かわりに、君が迷ったら私がレスキューしてあげるよ」
からからと笑って、目的地へと向かう。まずは何としてでも買わねばならないベッドだ。
大きな家具は、店内の奥に置かれている。向かうまでに、便利グッツやら新商品やらがチラチラと目に入ってしまい、なかなかたどり着くことができなかった。
「デイヴ、デイヴ!すごいぞこれ、ソファーなのにブランコみたいに揺れるんだ!」
新しい技術を組み込まれた商品に、トシは子供のようにはしゃいでみせる。
「座ってみろよ」
「壊れない?」
「たぶん」
宙に浮いたソファーを覗き込むと、重力を半減させる装置がついており、トシ程の巨体が座っても、微動だにしなかった。
「高さを変えられるんだってよ」
「まじか!」
ひじ掛け部分に隠されたメモリをいじると、ソファーはふわりと上下する。
なるほど、と思った。宙に浮かせたのは遊び心だけではない。様々な個性に対応するためのユニバーサルデザインになっているのだ。最近はオーダーメイドが主流となっていたが、それでは単価が高くなってしまう。低収入層は結局、大量生産品に頼らざるをえないのが実情。真にオーダーメイド品が必要となる異形の個性持ちは、今なお残る差別によって、低所得者が多いため、身体に合わない家具を使っている人は少なくない。
みんなが笑って日常を過ごすための工夫。
科学はこのためにあるのだと実感する。
「オレもこんなのがつくりたいね」
「モービルを浮かべるのは、もう成功してるじゃないか」
「もっとみんなに使って欲しいのさ」
そら、次行くぞ。急かすと、トシは高く浮いたソファーから軽く飛び降り、隣についた。
「君の発明ならみんな喜んで使うだろうよ」
「お世辞はいいさ」
「オールマイトは嘘は言わないぜ!」
「隠し事はするけどな」
ぐぬぬ…と押し黙るトシに笑ってしまう。本当に、嘘はつけないやつだな、と微笑ましく思う。
「さ、ついた。どんなのがいいんだっけ?」
「とにもかくにも、安いやつ」
「じゃあ、これか?」
指差したのは50cmほどの小さなベッド。材料費がかからない分、値段も手頃だ。
「少なくとも五つは並べないと横にすらなれないぞ」
「まるで白雪姫だ」
「君がキスして起こしてくれる?」
「ベッドに寝てるときに起こすのは小人の役目だからね。ハイホー歌いながら小粋に起こしてやるよ」
「デイヴの顔した小人が7人はちょっと気味が悪いね」
「ちょっとか?」
「いや、だいぶ?」
「失礼なやつ!」
空想の世界で遊びながらコーナーを見回る。手頃な値段でトシのサイズに合ったベッドはなかなか見つからない。
「これなんてどう?」
トシが見つけてきたのはダブルベッドだった。
驚きの安さに、目を見張ると、"カップル限定"の文字が値札にきらめく。
「カップルで買うと安くなるんだと」
「なんで!?」
カップルの場合、枕なんかは2人分買うから、そこら辺で帳尻を合わせているのだろう。だが、そんな事言ったって、トシが納得するわけもない。
「残念だけど、他のを探そうぜ」
ショボくれた大きな肩を慰める。すると、決意に満ちた瞳が振り向いた。
「デイヴ」
「……なんだよ」
「君もベッドを新調するよね」
「そうだけど」
「一緒に買ったら安いと思わない?」
「どういうことだトシ……っまさか!」
「HAHAHA!察しが良いじゃないかデイヴ」
「いや!?無理だろ!君一人でちょうど良いくらいだろそのベッド!?そもそもオレたちカップルじゃっ」
異議を申し立てると、大きな手が口を塞いできた。モゴモゴと抵抗すれば、微かに解放される。
「しっ!店員が見てる」
小声で囁くトシの声は、臨戦態勢そのものだった。
「見られてるんなら、なおさらだろ!放せって!」
「いや、デイヴ、私たちはこれからカップルにならなきゃいけないんだぞ。カップルはこのくらいいちゃつくもんだろ」
トシのやつ勝手にあのベッドを買うって決定しやがった!
一度決めたことは曲げない折らない諦めない。そんなトシの考えを変えるだなんて、天動説をひっくり返したコペルニクスの偉業に等しい。と、いうことは、オレはこのまま店員の前でカップルごっこに興じなければならないのだろうか。
「頼むよデイヴ!私は君のベッド代も出さなきゃいけないんだぞ!」
「それは君が無遠慮にオレのベッドで寝てぶっ壊したからだろ!?」
「今度は私のベッドで寝て良いから!」
「そういう話じゃない!それに、オールマイトは嘘つかないんだろ?」
「今はただの青年トシノリだからいい!それに嘘じゃないぞ。君は私の相棒で、パートナーだ。つまり、広義ではカップル(二人組)だ!」
「必死か!」
「さあ、試しに寝てみようじゃないかダーリン。な、頼むよ」
2mを越える巨体に、今にもチョークスリーパーをかけられそうな体勢で頼まれたって、それは脅し以外のなにものでもないとトシは知っているのだろうか。ともかく、オレは成すがまま。完全にトシの抱き枕と化して、一緒に展示品のベッドに転がされた。
新しい木の香りと、背後から伝わる温かさに気付く。案外、悪くない寝心地だ。
「ヘイ、ハニー」
「なんだいダーリン」
頭に回された丸太のような逞しい腕をポンポンと撫でると、トシはあらためてオレを優しく抱きしめた。
「あったかいな」
「ふふ、だね。いいベッドだ。今度は二人で寝ても壊れないし」
静かで落ち着いた空間に、ここが店内であることも忘れ、午後の心地よい微睡みに包まれる。最高のヒーローに抱きしめられて眠れるなんて、なんてラッキーなのだろう。いま、この背中は、世界で一番安全だ。くつくつと笑いが溢れた。しばらくは、カップルごっこも悪くないかもしれない。
しかし、背中がどれだけ安全だったとしても、社会的な立場が安全だとは限らない。
「はぁい、ご満足頂けましたでしょうか、お客様、はぁい」
頭上に降りかかった甲高い、けれどねっとりとした声に、オレたちはすぐに跳ね起きた。
「は、はい!とってもいいベッドですね!」
「いやあ、ははは!新しい家にちょうど良いなあってね!言ってたんですよ!な、トニー!」
「ははは!まったくだね!うん!(デイヴ、混ざってる!トシとハニーが混じってる!)」
「という事で買いますね!レジはどこかなー?」
「あーらまあ!お気に召して頂けたようで何よりでございますです、はぁい!レジはこちらですので、ご案内いたしますですね、はぁい」
店員は無線でベッドを運ぶためのヘルプを呼ぼうとしていた。いけない。これ以上この醜態をさらすわけにはいかない。なんならこの店員の記憶を今すぐ消してやりたい。というかこの店から今すぐ立ち去りたい。
それはトシも同じ気持ちだったらしい。
「ベ、ベッドっ…は、私が運びますから!HAHAHA!大丈夫!では!」
今まで寝ていたベッドを軽々と持ち上げて、キャッシュの表示を見付けると、颯爽とその場を後にした。こんなに店内を爆走したのはエレメンタリーに入学したての頃以来だと思う。
*
「ベッド、買えて良かったな」
沈黙の続いた帰り道。口火を切ったのはオレの方だった。
「うん」
「たださ」
「うん」
「展示品、買っちゃったな、オレたち」
恥ずかしくって、しばらくあの店には買い物に行けそうもない。
枕も掛け布団も足りないベッドをオールモービルの荷台に積みこんで、オレたちはトシの新居を目指す。夕焼けがやけに綺麗だったのが、せめてもの慰めだった。
「君のベッドも買えなかった」
「トシのベッドで寝かせて貰うさ」
「じゃあ今日はお泊まりだ!」
声が弾む。こういう、素直なところ、好きだなぁと思う。
「まともな家具・家電はベッドしかない家だけどな!……あ~、夕飯どうしようか」
「ピザでも買ってこう」
「サラダもつけてな」
「もちろん、コーラもね」
その晩はひとしきり語って、笑って、早めに床についた。二人で寝転んだベッドはやはり温かく、すぐ近くで聞こえる規則正しい寝息が髪を揺らすのも小気味良い。世界一安全で、安らかな寝具に包まれて眠るのは、やはり悪くないと思うのだ。