鞄が大きい女たちの話
この世には鞄が大きい女と鞄が小さい女がいる。鞄が大きい女は自分で荷物を運ぶ女で、鞄が小さい女は自分で荷物をあまり運ばない。なんて書いてはいるが、実際のところ鞄が小さい女は叶姉妹以外に知らない。産まれてこのかた鞄が大きい女しか身近に居なかったし、今も鞄が大きい女しか身近に居ない。
だいたい周りの女たちは図面を運ぶキャリングケースかワークマンの巨大リュックを背負っている。ハイブランドの鞄を持ち歩く女は居ない。強いて言えばバオバオイッセイミヤケの幾何学的なバッグの女はいる。だが、その女は他よりちょっと世間一般の女に近い価値観をしているだけで、その中にはノートパソコンとしてはかなり大きな部類であろう16インチのマックブックプロを入れている。ちなみに他の女たちは彫刻刀を数十本持ち歩く女や米袋ほどの重量の粘土を背負う女、1メートル超えの木製パネルを脇に抱える女など、たくましい女ばかりが揃っている。
かく言う私はカインズホームのプロコーナーで手に入れた強靭なトートバッグにステンレスのものさしを入れている。それ以外の鞄は穴が空くので仕方なく使っているのだが、周りの女たちはそれをダサいとも何とも言わない。
思えば母も丈夫なキャンバス生地のトートバッグを使っていた。生易しいマザーズバッグではなく本物の帆布だった。つまり私が鞄に求める第一条件が丈夫さなのは遺伝だ。サマンサタバサ辺りの可愛げのあるリボンとフリルで盛られた小さな合皮バッグなどを買えない。そんな自分を卑下する気にもとくにならない。強靭さは何よりも優先すべきだとさえ思っている。