はい、今日も行ってきましたサンサン劇場。
なんか12月末から年始にかけてはヴァイオレット・エヴァーガーデン劇場版&外伝にF91に未来世紀ブラジルに劇場版マクロスと完全に冬コミ原稿の締切をかかえて夜ごとに潰れたウシガエルみたいなうめき声を上げてる同人屋に優しくないスケジュールが待っており、この分だと正月は初日の出=日の丸という発想からまさかの「ゆきゆきて神軍」を上映するとかやりかねないからなあ……。
いや、未来世紀ブラジルをぶち込んでくるくらいだからデリカテッセンとソドムの市とホーリー・マウンテンとかやるのかも……むしろやってほしい。
おばかはさておき、今回の感想を。
「ロンド・ロンド・ロンド」と「劇場版」は完全に地続きの作品なので、。
本作は初見となります。TVシリーズを再構成した総集編のようですね。
いやー劇場版もそうでしたが最初っからトバしてるなあ……。
なんでいきなり工場から始まるんだよこのアニメ……。
劇場版のほうは精神世界というか荒唐無稽な場面や描写が多いだけに、2回めの鑑賞となる今回はまだ「まあそういうものなんだよなあ……」と思えたんですが、「ロンド・ロンド・ロンド」の方はなんか劇場版に比べて現実に足がついているように見える描写と、いわゆる「エヴァの電車」的な描写がごちゃまぜになってて、劇場版以上にわけがわかりません。このへんの夢と現実のごちゃまぜ具合は完全に未来世紀ブラジルですよ。
ガワが正統派アイドルものなだけに、いきなり地下行きのエレベーターが出てきたりとんでもなくでかい地下劇場でレヴューが始まったりとなんかもうアイドルアニメというより男塾に近い展開になってきてだんだん頭が混乱してきます。
そしていちばん驚いたのがこの話ループしてんじゃねーか!!
わたくしこの作品に関しては劇場版を2回見たきりで総集編ははじめてだったんですが、主人公である愛城華恋とそのライバル・神楽ひかりに次いでかなり重要ポジションっぽい見せ方がされていたキャラ・大場なな。
彼女がレヴューの勝者となった際の権利として、第99回聖翔祭「スタァライト」の再演という形で時間をループさせていたというのが素晴らしい。
時間のループを「再演」とし、さらにタイトルに「輪舞=輪」を意味する「ロンド」を持ってくるのが、隅から隅まで本作を「舞台演劇」というステージの枠に収めているのが美しい。
個人的には、作品の持つ一貫性や整合性といった構造の部分にもっとも美しさを感じるんですが、ロロロも劇場版も、この種類の美しさの完成度が非常に高い。
ループを打ち破るきっかけになるキャラが転校してくるってのもお約束を抑えててよし。
そしてロロロは明確に「続劇」という形で劇場版に繋がります。
前述の通り、劇場版はかなり荒唐無稽な描写……というかレヴューという形での思いの丈のぶつけ合いがメインになってる感じですね。
なぜそうなっているかと言えば、ロロロから直で続いているこの劇場版は、卒業、そしてそれぞれの道に進んでいく歌劇少女たちの物語だからでしょう。
だからこそレヴューという形でそれぞれの舞台に決着をつけていくという構成になっているんでしょう。
9人の歌劇少女たちはそれぞれに関係し、それぞれにぶつかり合っています。彼女らが演じるレヴューは、文字通り舞台でありながらそのまま彼女らの関係性を反映しているもの。
思ったんですが、彼女ら歌劇少女にとって現実と舞台というのは地続きの現実であり表現手段であり、そして自分が生きるもう一つの世界とも言うべき場所なんじゃないでしょうかね。
だからこそ彼女らは、いきなり電車が変形したりキリンが出てきたりといった異常事態そのものには違和感を覚えていない、むしろその異常事態の一部となって歌い、踊っているというわけなんじゃないでしょうかね。
まただからこそロロロの序盤でエレベーターを見つけた華恋は違和感と困惑をあらわにしていたとも言えるのではないでしょうか。彼女はまだその時点では歌劇少女ではなかったから。
あといロロロの劇中で「スズダルキャット」なるマスコットキャラが登場するんですが、調べてみたら案の定というか当然コードウェイナー・スミスの「スズダル中佐の犯罪と栄光」でした。こういうところにSFネタが仕込んであるだけでSF好きはあっさり評価爆上がり。
というか本作は、いわゆるワイドスクリーン・バロック作品であるとともに、一種のスペキュレイティブ・フィクションとも言える気がしてきた。
全体通して見ると、描写こそ突飛で抽象的ではあるものの、その本筋は王道の青春群像劇だなあと感じました。
これちょっとTVシリーズもチェックしてみるかな……。