『シャツを一枚拝借しました。
いつもの岩場で待っています』
部屋に入って荷物を軽く整理したら、ホテルの周りでも散策しよう。
そう言って頷いたはずの相手の姿は、自室で荷物を開けている間に部屋の中から消えていて、その代わりに見つけたテーブルの上の一枚のカード。
いつもの岩場。
いつもも何も、ここのホテルに訪れたのは二回目だ。
前回は二人での出張の合間に一泊だけ。堪能しきれなかったのが勿体なかったので、今度来るときはゆっくりできるように連泊で取ろうと話をしていたのだが。
ふむ、と首を傾げながらカードをひっくり返すと、後ろには海沿いのリゾートらしく揺らめく波と砂浜の貝殻があしらわれている。部屋の前から出ることができるテラスの先は、宿泊客のプライベートビーチ。目を向けた砂浜で、きらりと光が反射した。
サクサクと、指が沈み込む砂の上を素足で歩いて見つけた人は、ゆったりと海の向こうに目を向けているようだった。
海風に髪と、ついでにいつの間にか持ち去られていたこちらのシャツをはためかせて、その瞳と同じ色が海に溶ける彼方を静かに見ている。波の上を時々キラキラと光が跳ねて、腰かけた岩から伸びる白い足先に絡んで遊ぶ。
波音の中、まるで絵画のような光景にカメラを構えようとして、やめる。
きっとこの瞬間を収めるには写真でも動画でも足りない。
「リチャ——」
「——!」
声をかけようとして、それに気付いたリチャードが振り返りかけた瞬間、一際強く風が吹いた。
乱された髪を押さえようとした肩から、引っかけていただけのシャツが攫われて。
「わぷ」
「! 正義!」
宙を舞ったシャツは思い切りよくこちらに飛び込んでくる。景気よく顔面で受け止めてしまえば、驚いた声は一拍おいておかしそうな笑い声に変わった。
「~~とんだ王子様だった」
「ふふ……っ、素敵な登場でしたよ」
「誰かさんが泡になったら困るからさ」
「声がなくなっても困ってしまいますね」
シャツを剥がして近寄れば、岩場の人魚は美しいパートナー様に戻ったよう。
海風で少し冷えたのかもしれない肩にもう一度シャツを返して、その手を掴む。
ほろりと解けるその笑みが、泡と消えてしまう前に。