――暴走アンドロイド。
ブラッドは、黙ったままゆらりと瓦礫の上へ足を運んだ。左腕ガジェットの操作パネルを前歯へぶつけるようにしていくつかコマンドを入力し、動かない右腕をぶら下げて瓦礫を登る。
「ブラッド?」
ダークの機体を素通りして瓦礫を登っていくブラッドの背中に、ユアンの不審げな声がかかる。しかし、ブラッドは返答しないままじろりと瓦礫の下を睨んだ。
自警団の仲間たちが、ブラッドの後ろで顔を見合わせる気配がする。誰も言葉を発しない静寂の中、ブラッドには、耳障りな機械音と瓦礫の擦れる音が小さく聞こえていた。その音は少しずつ大きくなって、――つまりはブラッドへ近づいてくる。
ブラッドの靴の先の瓦礫がひび割れながら起き上がってくるや否や、それを見越していたブラッドが力任せに左の拳槌を振り下ろす。操作パネルからリミッターを外し最大出力を設定した左腕ガジェットの隙間から、ブラッドの血が一筋こぼれた。
瓦礫を押しのけて飛び出してきた何かと、ぼろぼろのブラッドの交戦を確認した仲間たちの声が、ブラッドの背後で交錯する。
早くダークを回収しないと、それよりも撤退、いや応援要請、そんなことよりまずブラッドの回収――オレの回収?
振り返りもせずにそれらの声を聞いていたブラッドは、眉を寄せてその場に踏ん張った。回収などされてたまるか。目の前にいる、瓦礫の下から這い出してきた、相棒の仇を壊し尽くすまでは。
ガジェットのコマンドで強化された腕を、拳を、動く限り目の前のアンドロイドに叩きつける。最初の拳槌で頭部パーツを下向かせた後、蹴り上げた爪先でアイセンサーを真っ先に潰した。災害救助の必需品であるセーフティブーツ、自警団の支給品として特に頑丈な品物の爪先でガラス玉を砕いたのだ。しかし、そこらへんの人形にも使われるようなガラス玉の眼球は、ただ外見を人間に近づけるためだけの装飾パーツに過ぎない。砕けば当然視界は悪くなるだろうが、本当のセンサーはもっと奥にある。だから、念には念をと、ブラッドは砕けたガラス玉の上からガジェットごと何度も拳を叩きつけて、顔どころか頭部パーツ全体を歪めた。
痛いのか、痛くないのか、そのときのブラッドにはよく分からなかった。身体ごと酷使したガジェットがどのくらい機能しているのか、自分がどのくらい負傷しているのか。頭の中がほとんど空白のまま、ブラッドは腕より無事な脚を片方振り上げて、アンドロイドの胸元めがけて踵からセーフティブーツを叩き落とした。
靴底に装備された鉄板の重量まで上乗せされたブラッドの踵が、アンドロイドの胸部パーツをへこませて穴を作る。
胸元に穴を空けてぐらつくアンドロイドの姿を見て、ブラッドの唇が歪む。それしか分からなかったブラッドが自分の唇の形を想像する前に、ブラッドの背後から二本の腕が伸びてその胴を捕まえた。
ブラッドの腕と似た形の腕力強化ガジェット、背後の人物はブラッドより少し背が高くて、ブラッドよりぼろぼろでない。
「……さん、ブラッドさん!! 自分の身体を大切にしてください!」
何度も名前を呼ばれていたことにやっと気づいて、ブラッドは瞬きしながら後ろを振り返る。背後から腕を伸ばしてブラッドを捕まえていたのは、駆けつけた自警団の中でもブラッドと同じ腕力強化型のクローザだった。
だが、頭の働いていないブラッドがクローザの存在と彼の目的をはっきり認識するよりも先に、ブラッドの足が宙へ浮いて胴がクローザの肩へ担がれる。ブラッドが暴れ始めたのは、既にクローザがアンドロイドへ背を向けてからだった。
「!? 離せ、おい!! まだあいつを壊してねえ!! 離せ!! 離せよぉぉお!」
ブラッドが暴れただけ、クローザの背中が濁った赤で汚れていく。ブラッドの拳が描くかすれた動線は、しかし左手分しかなかった。右手は、クローザやブラッドが動いて揺れるたび、ぶつかった場所に斑点をつけることしかできない。クローザは前だけを見て瓦礫を駆け下り、そして言った。
「私すら振りほどけないで、何を成せるとお思いですか!! ……ブラッド確保、ギャレンさん発進お願いします!」
「OK、飛ばすよ!」
ブラッドを担いで団用車へ飛び込んだクローザの語尾に、ギャレンの声とエンジン音が重なる。車内に押し込まれたブラッドの目の前でドアが閉まって、窓ガラスの向こうの瓦礫の下に倒れたダークの黒髪が見えた。だが、ハッとして瞬きしたブラッドが次に瞼を上げたときには、その姿はもう窓からは見えなくなっていた。
「―――、ぁ……」
我に返ったブラッドは、どうにか動く左手を持ち上げて窓ガラスに手をつき、せめてと窓に顔を近づけた。ダークの機体を回収できなかった。――ブラッドが勝手に戦闘を始めたから?
ブラッドの左手がずるずる落ちて、窓ガラスに汚れた線を描いていく。窓からも顔を離して、最後部座席のシートにぐったり身を預けたブラッドの腕を、その前列に座っていたキリオスが取った。
ブラッドが視線だけキリオスに向けると、彼は力なく微笑んだ。
「……鎮痛剤だけ打たせてもらうでにゃんす。痛覚が戻ってくる前に」
ブラッドの返事よりも先に、隣のクローザがブラッドの左腕のガジェットを外して、キリオスが抱えている救急ガジェットにブラッドの腕を差し出した。二重構造のガジェットは、外装と内装との間で揺れや衝撃を吸収して、不安定な場所でも正確に負傷部位を計測・治療できる。箱を開けた状態のガジェットにブラッドの腕を乗せてから箱を閉めると、その見た目は箱型のガジェットに開いた穴にブラッドの腕が半分食われているようだ。
見た目には変化がなくとも、その内部では機械が動いて、血管や骨・筋肉の状態をチェックしている。それから、ちくりと針の刺さる感触がして、キリオスの言う通りなら鎮痛剤が打たれたんだろうなとブラッドは理解した。クローザの要望通りギャレンはけっこうなスピードを出しているから、揺れる車内で正確に注射針を刺すのは一苦労だろう。救急ガジェット様々だった。
その注射の痛みを最後に、ブラッドは意識を手放した。だから、少し後に救急ガジェットがチェック終了のアラームを鳴らした後、表示結果を見たキリオスとクローザがたまらず表情を歪め強張らせていたことは、ギャレンの横の助手席からずっと後ろを確認していたユアンしか知らなかった。