理由も益も無いのにする行動なんて、反射か衝動くらいだろう。生理現象、手癖、あとは、突発的なら怒りとか。
「HiMERUさん、こんにちは」
遠くに姿が見えたので、適切な声量で声をかけた。大きすぎないように気をつけたつもりだったが、むしろ小さすぎたらしい。しっかり目があった気がしたのにふいと顔ごと背けられてしまった。
「HiMERUさん」
大股で近づいて、今度こそ聞こえるように名前を呼ぶ。一呼吸置いて振り返った十条要は、見覚えのあるような笑みを浮かべていた。記憶に新しい。先日スポーツに誘った時も同じ顔をしていた気がする。
「脚本は受けとりましたか? もし良ければ……演技のことなど、相談したいのですが」
スポーツの誘いとは違って、今日はちゃんとした建前がある。鞄から、貰ったばかりの薄い脚本を取り出す。『HiMERU』が主演の、ホラー番組内のミニドラマだ。
忙しなく人が行き交う夕方の社員食堂の中で、立ち止まって一人で話を続けるのは些か居心地が悪い。
「……良いですよ。しましょう、相談」
要は笑顔を固めたまま、ゆったりした動作で頷いた。ダメ元だったとは言え、承諾してもらえるとは。予想外の返答に正直拍子抜けしていた。やはり、声をかけるなら仕事の話題に限る。風早巽は、十条要に嫌われているのだから。
「HiMERUさん、近頃色々な仕事を受けられていますよね? 映画も観ました」
夕方の社員食堂の人通りが多いのは、単に通り道になっているからだ。利用している人自体は少ない。適当な席に腰掛けて、メニューを眺める振りをしながら話題を考えた。
「ええ。HiMERUは新しいことを取り入れてみようと、色々挑戦している最中なのです。その中で巽と共演することになるとは思っていませんでしたが」
要は注文するものを決めていたらしく、いつの間にかスマートフォンをポケットにしまっていた。慌ててコーヒーだけ注文して要に向き直る。
「それは良いことですな」
「巽はオファーがあったんですか? この役は募集がかかっていませんでしたよね?」
要はぱらぱらと脚本を捲った。チラリと見えたページには小さく書き込みがある。巽が脚本を受け取ったのは今日、ついさっきだが、要はもう一通り目を通しているようだった。
「そうなんです。ええと、先日……演技の仕事がありまして。シャッフル企画の一部だったんですが」
「ああ、知ってます」
要は脚本から顔を上げない。
「プロデューサーさんに、俺の演技は胡散臭いと言われてしまって」
「……ふ」
顔を上げないまま、小さく唇を噛んだのが見えた。笑われるのは特段好きではないが、目が合わないままよりは良いかもしれない。
「その時は少し落ち込んだんですが、今回はその胡散臭さが功を奏したようですな。胡散臭い芝居が求められている気がします」
一定の人気を誇るホラー番組、秋の2時間スペシャルだ。その中のミニドラマ一本に出演する。ホラーと言ってもお化けや怪奇現象の類ではなく、微妙な違和感や不快をモチーフにしたものが多い。今回の話は要が主演だが、身の回りの人間が次々偽物に入れ替わっていくストーリーらしい。脚本を受け取ってすぐ要を探しに出てしまったので、詳しい話はまだよく知らない。
「楽しみにしています。巽の、胡散臭い演技」
よっぽど面白かったのか、語尾が少し震えていた。
「頑張ります。それで、HiMERUさんにアドバイスを貰えればと」
脚本を捲り、ようやく軽く目を通す。大体は聞いていたストーリーの通りだった。友人同士の役。最後に友人も偽物になってしまって、自分が本物か偽物かもわからなくなる。主人公の疑心暗鬼なのか、本当に入れ替わっているのかは視聴者の解釈に委ねられる演出になっているようだ。
「アドバイスと言われても……。HiMERUはアイドルですし、演技については詳しくありません」
要がひさしぶりに顔を上げた。仕事の話になると、簡単に目が合うのだ。
「少なくとも俺よりはお上手でしょう」
何故そう思うか、理由を一つずつ考えることは避けるが、要は演技が上手いと思う。
「でも……そうですね。芝居ではなく、話の解釈の話などしましょうか」
「巽は演技の相談がしたいのでは」
要は演技が上手いだけでなく、人のそれを見抜くのも上手かった。真っ直ぐ見つめられても動揺しない自分の図太さを褒めたい。
「ええ。言ってしまうと、ただ君と話がしたかったんです。仕事の話じゃないと断られると思って」
素直に薄情すると、要の眉間に皺が寄った。演技をするとなったら上手い人だが、四六時中続ける忍耐は演技力とはまた別の話だ。
「そうですね。HiMERUも暇ではないので」
眉間に皺を寄せたまま、ゆっくり脚を組み直す動作を見つめる。
「それは良いことですな」
要の顔はより一層険しくなったが、タイミングよくコーヒーが二つ、テーブルに置かれて事なきを得た。
改めて脚本に向き直ると、会話が途切れるほどには没入してしまった。20分程度の短いシナリオだが、終盤の盛り上がりは素直に惹かれるものがある。
「……HiMERUさんは、この二人の友人関係についてどう思いますか?」
自然と言葉が出た。本来会話なんてものは、無理矢理理由や話題を見繕うべきではない。
「友情の話とも受け取れますからね。良い、関係なのではないですか。HiMERUは友人が多くないので、よくわかりませんが」
コーヒーカップに口をつけながら、ページの角を指で弄んでいる。
「そうでしたね」
以前、友人を作ってはいけないのだと語られたことはよく覚えている。よって、巽と要も友人関係ではない。だからこうして一生懸命、何かにつけて声をかけているのだけど。
「この……主人公が男を殴るシーン、は。友情を強く感じますよね」
言ってから、自分が友情の話をしたがっていることに気づいた。巽は要のことが知りたいのだ。嫌われていると知っているからこそだ。気づいた途端、脚本の文字が途端に意味を失った。上手く頭に入ってこない。
「巽はそういうものに友情を感じるんですね」
内緒話をするような声色につられて顔を上げた。要は笑っていた。
「HiMERU……そうですね、例えば序盤の。意味のないやりとりに、はは、友情? を、感じますね。……殴ったのは自分のためでは?」
嘲るような温度を感じて居心地が悪くなった。親しくなりたいという感情を、後悔させないで欲しいのだが。
「……なるほど」
とはいえ、要の意見も筋が通っている。劇的でドラマチックな変化より日々の積み重ねで育まれた絆の方が得難い。実感として巽も持っている記憶だった。
「無益な悪戯を許したり、くだらないことで笑ったり……そういうシーンを強調すれば、友情の話になるかもしれませんね。細かいところはスタッフの意向に従うしかありませんが」
要は頬杖をつきながら、爪先でテーブルを鳴らしていた。機嫌が良さそうだ。
「HiMERUさんと友情の話をするのは、不思議な心地です」
口をつけないまま置いていたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。巽が何をしたかったかと言うと、要と、益のある話がしたかったのだ。そこに友愛も何もない。
「本当ですね。でもこれは無駄ではないので。HiMERUは新しいことに挑戦したいと思っていますし、脚本の理解を深めることは重要です」
今度は自分の眉間に皺が寄っているのがわかった。要は何がおかしいのか、静かに目尻を下げている。巽は何事にも理由を求めるたちだ。嫌われているから声をかけるし、声をかけるなら共演という話題が必要だ。
相手が先に目を逸らすのを、きっとお互いに待っていた。
パン!
「ッ、」
要の目の前で手のひらを鳴らした。要は案の定驚いて、ぎゅうと瞼を固く閉じる。椅子もガタッと大きく鳴った気がする。
「な、んですか」
要の眉間に皺が寄った。
「無益な、悪戯です。驚きました?」
本当は、驚いたのは巽のほうだった。手のひらも痛かったし、謝るべきだということもわかった。友情は成立しないだろうことも。
「……貴方、友達いないでしょう」
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ワンライ
初公開日: 2021年10月31日
最終更新日: 2021年10月31日
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