自室に入るとディノはクッションに体を預け、テーブルの何かを広げていた。その上に乗っているものがノートパソコンということは多々ある……というよりもこういった光景の場合の九割がたはそれだが今回は違う。封筒や便箋を散らかして、その中の一枚に真剣な瞳を向けながらも口元をニヤつかせてペンを滑らせていた。シャワーを浴びて適当に拭った髪の毛からぽたりと雫が床に落ちる。
「ディノ」
手紙を書いているというのは一目瞭然だが、名前を呼んでも反応を返さない。それだけ手紙を書くことに集中しているという事なのだろう。アカデミーの頃からじいさんとばあさんに電話を毎日のようにしていたというのに何度も手紙を送っていたから、きっと今回もその類だ。よく飽きもしないものだと溜息をついて「ほんと家族のこと好きだよな」なんてからかい混じりに告げたら恥ずかしそうに「うん、おじいちゃんもおばあちゃんも大好きだよ」なんて返ってくるものだから微妙な気持ちになったのはよく覚えている。その気持ちが羨ましさ、妬ましさ、寂しさ、そういった負の感情だったような気もするがどれが正解なのかは今も分からないが。
どこか懐かしいものだと思いながらも、あの時感じたものがじわじわと体の内側に滲んでくるような気がして大きく息を吐き出す。肩にかけたままだったタオルを使って乱暴に髪を拭いては、タオルへと水滴を吸い込ませていく。
「ディーノ」
「うひゃあっ!?」
振り切るようにもう一度、今度はちゃんと気が付くようにとわざと声を伸ばして肩に触れる。警戒心ゼロの肩にぽん、と手を置いただけで全身を震わせて声をあげたディノに思わず目を丸くする。
「キ、キキ、キ-スッ!? いつの間にそこにっ」
振り返ってオレを認識すると、もう一度肩を跳ね上げさせては書いてたものを隠すように紙を集めて文字の書かれた便箋を下へと追いやった。動揺しているのは目に見えて分かるのに、それを誤魔化そうともして下手くそな笑みを浮かべている。本当に隠し事のできない奴。呆れると同時に何をそんなに必死に隠そうとしているんだよと思いもするがグッと言葉を飲み込んだ。
「たった今だっつーの。声かけても反応ねェし。シャワー室、空いたからフェイスが帰ってくる前にさっさと入ってこい」
「うんっ、分かった!」
慌てるように立ち上がると、テーブルの上にあったものを全部引き出しの中に乱雑に詰め込んではキッチリと鍵をかける。そして着替えを手に取っては逃げるように部屋から出ていったディノを無情にも扉はしめて遮断した。
なんだよ、あの反応。
モヤモヤとした感情が渦を巻いて再び体を襲ってくる。その原因が分かる気もしたが、目を逸らしたくて逃げるように大きくため息をつくと自分のベッドへと体を預ける。まだ濡れている髪の毛がシーツを濡らしていくが気にしてはいられなかった。
◇
『ディノからもらった手紙を読み返しては懐かしくて、嬉しくて。心が暖まるんだよ』
電話越しのおばあちゃんは時々、俺が居なくなった時のことをぽつりと零すように話してくれる。電話で声を感じるのは遠くにいてもすぐ傍に居るような気がして安堵もできるが、手紙は良いものだと何度も口にする。手紙はその人が直接ペンを手に取って、時間をかけて文字を書いてくれる。その人にしか出せない感情の起伏が乗せられた文字はどれだけの時間が経っても色あせることは無くて素敵なものだと言う事も。今ではスマホを使ってメッセージを簡単に送ってやり取りをすることは出来るが、時間をかけて書いてくれた形の残る手紙は特別のように感じるのだと何度も耳にしていた。
『だからね、私たちだけじゃなくて大切な人達にも手紙を書いてみると良いよ』
きっかけはそんな言葉だったと思う。確かに手紙はアカデミーの頃に電話で話しきれなかったことを書いて送っていた。今でもおばあちゃん達に送ることはあるが、家族以外に送ったことは記憶に残っている限りない。メッセージだったりちょっとしたメモは幾度となくあるが、大切な人達に手紙を送る。それはなんだか素敵なことだと胸が高鳴ってはすぐさま取り掛かって見たものの、まず初めにキースに向けて書いてみようと思うと何故だか本当に伝えたい事だけは書くことが出来ずにいつも話すようなくだらないことばかりが文字となって残っていた。
違う、本当に書きたいことは。変な焦りを感じているといつの間にか戻ってきたキースが背後にいて逃げるようにシャワールームに来てしまったのだけど。あからさまにおかしい態度をとってしまったよなぁ、と息を吐き出す。
「……ありがとう、大好きだよって伝えたいだけなんだけどな」
アカデミーの頃から抱いていて、復帰してから何度も強く思った感謝と大好きだという気持ち。口には何度もしているはずなのに文字にしようとするとなんだかどれも本心とは僅かにずれているような違和感がして上手くいかなかった。不思議とじわじわと熱くなっていく耳はなんだか自分がおかしくなってしまったようで少しだけ怖い。それでも伝えないといけない気持ちだと心のどこかで分かっているから。
時間をかけてでもキースのことを想って手紙を書いて渡すんだ。なんて友人に手紙を渡すことにそんな決意は傍から見れば不必要なものだけど、ドキドキと不自然に高鳴っていく心を静めて強く誓うように両頬を叩いた。