よけいな 蕾がほころび、淡い桜が色どりを添え始めた季節。
今年高校に入学予定の継国巌勝は、とあるカフェにてその身を休めていた。
手元には湯気をくゆらせる薄茶色のカフェオレと、軽食代わりのケークサレ。
フォークで切り取り、口の中へ放り込む。ブロッコリーと人参、コーンなどの野菜をチーズの塩気でまとめた甘くない三角形を上品に味わった。
すぐに食べ終え、カフェオレを一口。ふ、とついた息はやわらかい。
注文品が来る前に避けた文庫本を手に取ろうとして何かに気づき、視線が流れる。
その先には不自然に体をひねって巌勝を凝視する一人の少年。
年頃は同じくらいか。まだ若く生き生きとしたミルクティー色の大きな瞳をさらに見開いている。
がくんと開けていた口がたしかに『つきはしらどの?』と動くのを確かめ、と巌勝も目を開く。まさか、彼も記憶を有しているのか。
迷った一瞬の間に少年の足が床を蹴飛ばす。ぶわわわっと大粒の涙があふれた無垢な瞳に避けることはできず、飛び込んできた小柄な少年を受け止めた。
「つ、つ、月柱殿ーーー!」
「な、り…柱か」
「うえ、うぇぇぇえええん!つき、つきはしっら!どののばかー!!」
ぎゅうぎゅうと力いっぱいしがみつくふわふわ頭が顎に触れてくすぐったい。
少年は巌勝がまだ人間だったころ。戦国時代の鳴柱として共に研鑽を積んだ仲である。
鬼を殺すためにピリピリしていたあの頃も、賑やかで明るい鳴柱がいたから雰囲気も緩和されていたように思う。
しかし鬼となった巌勝が産屋敷を襲撃した時、その俊足で駆け付けたために切り捨てたのだ。巌勝の、この手で。
生気と共に光を失っていく瞳を、今も覚えている。
だからこそそう聞いたのだが、少年はひたすら泣きじゃくっているばかりだ。
「なん、なんでっなんで言ってくれなかったんだよおおお!」
「鳴柱、私のことは怖くないのか」
「っく、うえっ、なんっう”ぇ、う”ぇええん」
「まずは泣き止め、ほら」
店中に響くような泣き声は変わらないなと、ポケットから取り出したハンカチで大粒の涙を拭ってやればさらに泣かれた。
致し方なく背中を叩いてやれば、随分と体温が上がっている。そういえば前世(まえ)でも知恵熱を良く出していたか。
泣き止ませることに苦心していると、騒ぎを聞きつけた弟がやってきた。
「兄上、なにか……鳴柱?」
「っ縁壱。だめだ、来るn」
「ふ、う……ぅぇええええん!よりいちどのおおおおおお!!」
「……すみませぬ、兄上」
「いや、いい……」
「それともうひとつ、ご報告が」
「……なんだ」
「岩柱と水柱と炎柱と風柱もいます」
「…………」
両腕を一杯にひろげて捕まえられた巌勝が手のひらで示した先を見ると、言われた通りの人物とがっちり視線が絡み合った。
ニッコリ笑顔の水柱。むっつりと口をへの字に曲げた岩柱。無表情の風柱。
もっとも世話になった炎柱など、音も無く男泣きしている。頼むから第二の鳴柱にはなってくれるな。
今だってかなり苦しいのだ。これ以上圧がかかったら窒息死する。
「びぇぇぇえええ!」
鳴柱の泣き声をBGMに、す、と窓の向こうの空へ意識を向けた。今日も一日良く晴れそうだ、と。
ーーー
周りの目線もいい加減うるさくなったため、場所を変えることになった。
とはいっても店の個室に席を移した程度。それだけでも好奇の目は大分薄まる。
目を真っ赤にしてぐすぐすと鼻を鳴らしながらもがっしりと腕を抱えこんで離さない鳴柱を挟んで巌勝と縁壱が一列に座っていた。
その対面には水柱と炎柱と岩柱。一人掛けの椅子には風柱が腰を落ち着けている。
鳴柱の啜り泣き以外響かない重い雰囲気を破ったのは、水柱だった。
「…………月柱。いや、巌勝殿。貴殿も生まれていたのだな」
「ああ」
「縁壱殿、あなたも……お元気そうでなによりだ」
「……ああ」
礼儀正しく頭を下げる水柱にあわせてこちらも頭を下げる。つられた鳴柱もぺこりとミルクティー色の髪をゆらした。
ほんの少し空気が緩む。浮かびかけた笑みを鋭い風が切り裂いた。
「水、そんなやつらに頭を下げるな。特に月の方は鬼になって追いかけた俺たちを殺したんだぞ」
「言い方が悪いぞ、風」
「事実だろうが!鳴、お前もだ!」
「ぴっ!?」
びしぃ、と風柱に指さされた鳴柱が数センチ浮かぶ。ようやく止まった涙がじわりと浮かび上がった。
右側の巌勝がアイロンがけしたハンカチで濡れた目元を抑える。縁壱の大きな手のひらが鳴柱のふわふわとした髪をゆっくりと宥めた。
両側から構われ鳴柱の顔がほにゃりと緩む。ぴき、と風柱のこめかみに青筋が立つと同時に怒声が響いた。
「お前、真っ先に殺されたんだぞ⁉少しは警戒心を持て!」
「で、でも月柱殿も縁壱殿も優しいよ!それにもう人だもん!鬼じゃないもん!」
「もんいうな!もう高校生だろう⁉」
「いいじゃん!俺間違ってないもん!」
「鳴!」
「うるさいっ。風なんか嫌いだもん!」
「き、きらっ…………!!」
「風、鳴、落ち着け。話が進まないだろう」
きっ、とまん丸い瞳を精一杯尖らせて睨む鳴に、風柱が絶句し動きを止める。(からかったり厳しいことは言うが溺愛はしてる。鳴と同期。月を追いかけて斬られた)
遅い反抗期を迎えた娘に怒鳴られた父親のような風柱に水柱が制止をかけた。
ショックのあまり固まったままの風柱を横目に、ぎゅうっと抱き着いた腕に力を込めたままむうと頬を膨らませる。
どうしたものかと顔に出さないまま内心でつぶやき、ため息をついた。そうは思いつつも余計なことは話さない。
こうなればほぼ鳴柱の独壇場である。一度意固地になった鳴柱はすべてを引き裂き新たな道を切り開くまで譲らない。
その様は彼が持つ鮮烈な技そのものだ。……それが発揮されるのは滅多にないが。
隣の岩柱と炎柱に視線を送れば、目線でうなずきが返る。同じことを思っているようだ。
彼らの様子を見るに充分反省も後悔もしているのだろう。ならば
「むぅぅう!」
「鳴柱、落ち着け」
「鳴、怒ってくれるのは嬉しい。だが風は鳴の友人だろう?あまり困らせてはいけない」
「やだ!」
「鳴……」
「確かに俺月柱殿に斬られたよ!風や水だって殺したよ!でも死んだ後みんなで見てたもん!月柱殿のことも、縁壱殿のことも!」
「なら尚更だ。特に私など許されるのもおこがましいことをした」
「兄上、そんなことを言っては「ちがうもん!!」……」