魔法舎はにわかに騒がしくなっていた。北の面々が任務から帰ってきたのだが、どうにも《大いなる厄災》の影響で凶悪化した呪いの湿原で、負傷者が出たらしい。ミスラのアルシムで急いで帰ってきたようで、ドタバタと複数人が駆け回る音がする。
「フィガロ……!」
「わかってる。すぐ行くよ」
 全速力で、一直線に、賢者様が俺を呼びに来る。俺はすぐさま医者の顔をして、患者の待つ玄関へと飛んで行った。
  ◇◇◇
「おいおい……。なんです、この有様は」
「おお、フィガロ、来てくれたか」
「早う見てやっておくれ」
「我らも応急処置はしたが」
「やはり治癒ならばそなたが適任じゃろう」
 見てやれ、と促された視線の先には、見るからにぐったりと倒れこむブラッドリーの姿があった。北生まれは肌が白い、なんてのを通り越して、土気色とでも表現した方が適切な顔色だ。意識がないわけではないようだが、やはり朦朧としている様子で、常は輝いている瞳の赤も、今はくすんだ色を放っている。
「聞こえる? ブラッドリー」
「……ぅ、…」
 息が細い。そのくせ脈は速い。声をかけ続けながら、双子の言う情報を統合していく。一通りの出来事を聞き切ってから、俺はぐたりと力の入らないブラッドリーの身体を、よいしょ、と抱え上げる。
「今から俺の部屋で治療をしますので、全員近付かないように」
「あいわかった」
「必要があればすぐに呼ぶのじゃぞ」
「大丈夫ですよ。俺を誰だと思ってるんですか」
 ずっと不安そうに、少し離れた場所から俺たちを見守っていた賢者様。俺はあえて聞こえるように、わざとらしく明るく振舞ってやる。ぱちりとウインク一つ添えて、笑顔もサービス。場にそぐわない空気だからこそ、俺はあえて笑顔を浮かべてやる。
「南のお医者さん先生におまかせあれ、ってね」
  ◇◇◇
 抱え上げたブラッドリーの身体をベッドにそっと横たえる。平熱が高そうな男なのに、今は身体が冷え切っていて、コート越しでは体温などほとんど感じられなかった。
 ブラッドリーは呪いの湿原で、マギアカズラに襲われたらしい。マギアカズラとは、その名のごとく、魔力のある生き物を食らう、魔法植物である。本来他の地に生息するマギアカズラは、他の普通の食虫植物同様、その毒牙にかけるのはあっても小動物くらいなものだ。しかし、呪いの湿原は〝呪いの〟なんて言う通り、それらの本来持つ性質を変容させていた。呪いの湿原では、あらゆる魔法生物たちは身の内の魔力によって、なんらかの変質を遂げている。呪いの湿原に生息するマギアカズラは、魔力の吸い取りに著しく特化し、近くを通りかかった魔力持ちなら無差別に食指を伸ばすものとなっていた。
 つまり、そのマギアカズラの餌食になった今のブラッドリーは、魔力がすっからかんに近い状態なのだ。魔力が尽きたら魔法使いは石になってしまう。つまり、呪いの湿原にあるマギアカズラは魔法使いにとって、この上もない天敵なのだ。それを、なぜ……。
 まあ、今は起きてしまったことに気を揉んでいる暇はない。無事回復してから聞き出せばいいだろう。ひとまず最優先なのはブラッドリーの枯渇した魔力を戻すことである。本来であれば、キスしたり、セックスしたりの体液交換で、ある程度の回復を図れたことだろう。だが、こうも魔力量が少ないとそれでは正直追いつかない。だから、手っ取り早く直で魔力をぶち込みたければ、やはり血液が媒介として一等優秀であった。
「《ポッシデオ》」
 俺は静かに呪文を唱える。ブラッドリーの身体の下に、俺の魔法陣が出現する。そして、俺の腕からは、つう、と一筋の赤い液体が伝う。流れるままのそれは、指先から床に落ちる、となった段、空中に赤い球として静止して、俺の腕の周りを揺蕩っている。俺の血は、床に捨ててしまうにはもったいないものだから。
「口を開けて、ブラッドリー」
「ぅ…ぁ……」
 苦しそうに呻くブラッドリーの顎に手をかけて、無理矢理口を開かせる。俺の腕から流れるその赤い液体を、ブラッドリーの口内へと注いでいく。眉間に皺を寄せながらも、その色を失った喉がごくりと上下に動いたのを確認してようやく手を離してやる。
「二千年物の上等な血液(ワイン)だ。味わってお飲み」
「…は、はあ…うっ……」
 彼の腹の中で俺の魔力がぐるぐると渦巻いているのがわかる。それはそうだろう。これは結構な荒療治だ。本人の魔力がすっからかんの状態で、血液なんていう、魔力の塊みたいなものを取り込んだのだ。並みの魔法使いなら俺の魔力に負けて逆に石になっていたかもしれない。
 だが、ブラッドリーは違う。ねえ、そうでしょう?
 ブラッドリーの身体に、急速に体温が戻っていく。むしろじんじんと痺れるほどに熱を発し、額に汗までかき始める。もう一息かな。
「こんなところでくたばるような男じゃないだろう? ブラッドリー・ベイン」
 滅多に呼ばない彼の名を呼ぶ。泣く子も黙る、大盗賊団頭領、ブラッドリー・ベイン。命が燃えるような、鮮烈に光るその瞳をもう一度見せて。食いしばる歯をこじ開けるように、俺は口付けをする。舌を捻じ込んで、とぷり、と意識的に分泌した唾液を送ってやる。血液直で飲ませるよりは随分と丸い魔力の譲渡方法だ。これで少しは中和できたらいいんだけど。
 俺は優しく撫ぜるように口内を攫う。そうすれば、徐々に意識のはっきりしてきたブラッドリーが、とうとうがぷり、と俺の舌に歯を立てる。互いの唾液でようやく薄まった血の味が、再び広がる。
 そうそう、きみはそうでなくちゃ。
「おはよう、ブラッドリー。気分はどう?」
「……いいように見えんのかよ」
 ふふ、開口一番の威勢に笑みがこぼれる。よかった。これなら大丈夫そうだ。俺は口付けるために屈んでいた身体を、彼の上からどけて少し距離をとる。あれこれこの後の動きを思案していれば、彼の方から声がかかる。
「なあ」
「なに?」
「あんた、死ぬのか?」
 それは随分と唐突な問いだった。俺は一瞬動きを止める。止めて、瞬時にいつもの笑顔を被りなおす。
「いやだな、死にかけたのはきみの方だろ」
「…………誤魔化してえなら、それでいい」
「…………」
 今度こそ俺は動きを止めてしまった。どう返したらいいか分からなくなってしまったのだ。別に、何が何でも隠し通したいわけではないが、できることなら、ミチルやルチル、オズや双子にはまだあまり知られたいことではなかった。北の奴らに知られるのも、それはそれで面倒だし。ファウストにこぼしてしまったのだって、正直予定外だったくらいなのだ。
 それを、ブラッドリーが、見抜くのか。
 冷静に考えれば、それはまあ、そうだろう、と言うほかない。ブラッドリーと言う男が、俺の体液を取り込んだのは、これが初めてではないのだから。きっと魔力の衰えを、その変化を、その身をもって感じ取ったのだろう。
 俺は途方に暮れてしまう。本当に、なんて言ったらいいかわからないのだ。俺が笑顔も浮かべずだんまりこんでいれば、ブラッドリーの方から言葉を重ねてくる。
「今回のは、借りだ。借りはいつか必ず返す。だから、今日のことは、忘れる。それでいいだろ」
「…………そう」
 一言返すのがやっとだった。俺が取り繕うこともできない様子を見て、ブラッドリーが一つ嘆息を落とす。
「らしくねえ顔してんなよ」
「あ、はは」
 俺は床に座り込んで、ベッドに背を預ける。ブラッドリーの手を握り、額に当てる。
 ブラッドリーはその日一晩、俺の手を振り払うことはなかった。
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右ブラワンライ:フィガブラ「血液」
初公開日: 2021年09月15日
最終更新日: 2021年09月15日
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