静かにしていろ、と与えられた最後の肉を飲み込んで、船長は女に向かって話しかける。
彼の世界は至極明解だ。船医が治療して、よく眠り、よく休んだなら怪我は治る。メシが美味ければもっといい。指に付いた脂をぺろりと舐めて、変わらぬ美味さに歯を見せて笑った。
「期待してろ、サンジのメシはうんめぇぞ!!」
なんてったって世界一の料理人だ。船長は訳知り顔でウンウン頷きながら、ズボンの裾で手を拭う。すかさず飛んできた航海士の拳を避けて、「よォーし!」と大きく息を吸った。
新たな顔ぶれに歓迎を。どうせやるなら、派手なほうが好きだった。
夜半、女は与えられた船室を抜け出して、甲板の端で縮こまっていた。
歓迎の宴と称して開かれたそれは、女にあれこれと尋ねるより、結局の所、騒ぐ理由が欲しかったのだろう。村の仲間たちが居た頃でさえ経験したことの無い騒々しさが、いわゆる海賊らしさなのか女にはわからなかったが……彼等がよき人達であればいいと、少しだけ願った。
あれもこれもと女の世話を焼く船医に、気遣わし気にこちらを窺う料理人、ぽつぽつと話を振りつつも、女が言葉に詰まると即座に話題を切り替える学者の女。そして何より、女の事なぞ知らんといったばかりによく食べ、よく飲み、よく歌う船長の無邪気な笑みは、妙に女の肩の力を抜いた。
よき人達であればいい。あの短時間で、何がわかるとも思わないが……女を助けた青年も、きっとよい人なのだと思う。
怪我を庇う様に背を丸め、組んだ腕の上に顎を乗せてサングラスの隙間からぼんやりと星空を見上げる。
幼かったはじめこそ、縋るような思いで空を見上げていた。目を落とせば、『自分』の居場所に戻っているのではないかと。『青年』は、特筆して星座や天体に詳しいわけではない。『女』も、航海に必要な最低限、北の印以外知らなかったから、海も、木々も、生き物も、何一つ同じじゃない世界において、星空だけが同じに見えた。
だが、怪我を押してまで外にいるのは、それが理由ではない。
____砂嵐のように響く轟音。
女を除いて最後の一人だった母が消えてから、彼等(・・・)が良く見える夜の間、星々は絶えず女に話しかけて(・・・・・)いた。
彼らなりに、小さな隣人を心配しての事だった。だが無数の星が、人ではない言葉で、たった一人に集中して話しかければ、結果はわかりきっている。おかげで女は、窓のある部屋できちんと眠れた試しがないし、外が見えない部屋では、もっと酷かった。
(……うるさい)
女に星々の言葉はわからない。だが話しかけられている事だけはわかる。昨日は熱で朦朧としていたから平気だったけれど、今は、目の前にある波の音さえかき消されてしまっていた。
どれくらいそうしていただろう。船の揺れとはまた違う振動に女がゆるゆると顔を上げると、昨日の青年__ゾロ、という男が、苦々し気な顔をして女の隣に立っていた。
「……部外者が、一人で船ン中うろつくんじゃねェよ」
なんかあっても知らねぇぞ、と続ける彼を、女はぼんやりと見上げる。
くっ、と眉を顰めた彼が踵を返しかけるのを見て、そこで初めて、声が聞こえたことに驚いた。
「あの、」
とっさに上げた声に自分で怯んで、何も言えずにまごつく。男はむっつりと黙って女を待っていたが、一瞬、船室の方に視線を向けて、やがて低く言い放った。
「アンタ、名は」
そういえば、誰にも名前を聞かれていない。
男の問いかけに、女が咄嗟に思いついたのは祖母と母が呼んだ、私の可愛い一等星(エステル)という愛称だった。
「おれ……名前、その……わたし……わたし、は、」
別に、まことの名前を名乗ってもよかったけれど、億を超える賞金首という事実が女を尻込みさせる。そして迷いに迷って、エステル、と小さく答えた。
即座に偽名だな、と断言する男に、流石に露骨が過ぎたか、と苦笑する。男はそれ以上追及してこなかったが、今更