夜空に光る
きらきら、きらきら。夜空に光る星々は遠い世界のものだと思っていた。届くはずも、手に入るはずもない、焦がれるだけのもの。所詮自分は、空を眺めるだけの闇の側の人間だ。
そう思っていたのが変わったのが、この間のホークスとの夜間飛行だった。
ホークスに抱えられて、だったが、空を飛ぶという初めての経験。あんなに空を近く感じたのは生まれて初めてだった。それと、ホークスのことも。あんなに遠く、追いかけるだけだった彼が、近く感じ、しかし同時に遠く感じた。俺にアドバイスしてくれた彼は、とても孤独に感じた。
それから暫く、俺はアドバイス通りに自分の得意を伸ばそうと努力を始めた。ホークスにダメ元で頼んだら仕事の合間や終わった後、稽古のようなものもつけてくれた。そして、自由に飛べるようになり、俺の活動範囲はぐんと広がった。
昼や夜、一人で飛ぶこともあった。空は自由だ。解放感と、近い空の美しさと。でも、そこには常に孤独があった。
ホークスもこんな思いを抱えながら飛んでいたのだろうか。ずっと、独りで。
インターン、そしてこの間のアメリカへの出張。俺はホークスと並んで飛び、仕事をする事を許された。同じ目線で仕事ができて、学ぶことは多かった。それと、少しでも彼の助けになるように働くことはできていたんじゃないだろうか。
それから暫くして。ヒーロー社会が崩壊し、緑谷が学校を離れ、トップ三人がチームアップを組んだと報道されたころ。ホークスとの連絡はとれなくなっていた。
ぎり、と歯ぎしりをする。彼はまだ自分を子供、と、関わらせるべきでない、と、そう判断したのだろう。近づけたと舞い上がっていたのは俺だけだったのだ。
悔しい。
それと同時に湧き上がるのは心配だ。
彼は、また、あの空に一人でいるのだろうか。それは……とても、寂しいことじゃないだろうか。
ホークス。すぐにそこに、隣に並び立ってみせるから。だからどうか、俺を遠ざけないでくれ。
食べかけの林檎
「踏陰くんは好きな食べ物とかある?」
「ああ、林檎が好きですね」
踏陰くんがうちに泊まりに来たので、二人でスーパーに買い物に出る。
自炊は基本しないのでお惣菜とかでいいかなーなんて考えながらスーパーを歩いて、何の気なしに話を振ると果物で答えが返ってきた。
じゃあ林檎はデザートに……とカゴに入れてお惣菜コーナーへ向かおうとする俺を、常闇くんが引き留めた。
「キッチンをお借りしてよければ俺が作りますが……」
「踏陰くん料理できるの?」
少し驚いて問い返すと、「ええ、まあ……」とちょっと照れたように視線をそらした。
「全寮制になってから自分で料理することもあって……料理上手なクラスメイトに教えてもらったりもしました」
「へえ、すごいね」
「何かリクエストはありますか?」
「うーん、じゃあ親子丼」
わかりました、と踏陰くんはスマフォを見てぽいぽいと食材をカゴに入れていく。
一通り揃ったところでレジに向かって、そのまま帰路へ。
「じゃあ、キッチンお借りします」
「はーい」
リビングから繋がったキッチンに踏陰くんが向かい、こちらに背を向けて着々と準備をする。
「あ、エプロンいる?」
「借ります」
ん、と剛翼で踏陰くんにエプロンを運んで自分はリビングの椅子に座った。
頬杖をついて見るともなしに踏陰くんを見ながら、たまに剛翼で物の場所を教えたりする。
なんか、こう、むずむずする状況だ。いや、でも……恋人……だし、当然と言えば当然のイベントなんだろうか。こう見えて恋人は踏陰くんが初めてだから、慣れないことばかりだ。
とんとん、と軽快な包丁の音、ぐつぐつという具材の煮込まれる音、ほのかに香るいい匂い。
「できました」
「はーい。運ぶの手伝うよ」
メインの親子丼に、金平ごぼう、みそ汁というラインナップ。うん、美味しそう。
「いただきます」
「食べれないものではないと思いますが……」
ちらちらと踏陰くんが俺の様子をうかがってる気配を感じる。
見られることには慣れているとはいえ、これはちょっと緊張するなーなんて思いながら親子丼をひとくち。
「ん、美味しい!」
「そうですか? よかったです。さっきクラスメイトにコツを聞いて作りました」
踏陰くんはほっとしたように息をついてから、自分も親子丼に箸を伸ばす。
「……そういえば、家で手料理って初めてだなあ」
ぽつり、と俺は言うともなしに呟く。親は親だったし、公安に拾われて自立してからも料理とは縁がなかった。
「俺でよければまた作りますよ」
「ほんと? 嬉しいなあ」
確かにお店の味ではないけれど、家庭の……というか踏陰くんの味はなんだかほっとする美味しさだった。
「ごちそーさま」
「お粗末様でした」
「りんごは俺が剥くよ。ソファで待ってて」
そう言ってりんごと包丁を手に取る。自炊はしないけれど、奇跡的に手先は器用なので。
「はーいりんご」
うさぎにしたりんごを皿の上に並べて、ローテーブルの上に置く。
隣にぼすっと腰掛けて、りんごをひとつ手に取った。
「踏陰くん、はい、あーん」
「えっ……えっ!?」
「どーぞ」
折角泊まりに来てくれたし、俺も恋人らしいことでもしよっかなーと思っただけなのだが、踏陰くんが思った以上に動揺していて可愛い。思わずにやにや人の悪い笑みが浮かんでしまう。
「……はい、では……」
おずおずと口を開く踏陰くんにりんごを食べさせる。しゃくっ。踏陰くんが一口齧ったところで自分の手を引く。そして、残りのりんごを自分の口に放り込んだ。
「間接キスーなんちゃって」
「啓悟さん……あまり俺をからかわないでください」
照れたように顔を片手で覆った踏陰くんが深い溜め息をつく。
「いやー、可愛くてつい、ね。それに、たまにはこういう恋人らしいこともしたいなーって」
「それは……俺も、そう、です」
……風呂、借ります!
そう言ってバタバタと踏陰くんは風呂場へと消えていった。
残念。からかいすぎちゃったかな。
でも、まあ、可愛い踏陰くんが見られたからよし!
ワインの口付け
その日、啓悟さんはヒーロー仲間で飲み会だと聞いていた。
一足早く二人で暮らす家に帰り寝る支度をしている途中、プルル、とスマートフォンが鳴る。相手は啓悟さんだ。
「もしもし」
「あ、ツクヨミ? ホークス潰れちゃってさ。迎えに来てくれないかな」
「ホークスが?」
啓悟さんが潰れるところなんて見たことがない。そもそも酒に強いし、計算して飲むタイプだ。
驚いた俺は店を聞いてから急いで家から出た。
「ええと、ホークスの迎えなんですが……」
「あ、ふみかげくんだあ」
人前ではツクヨミか常闇くん呼びなのに、踏陰くんと言っている所からももう常とは違う状況だとわかる。
「連れ帰りますね」とヒーロー陣に声をかけて、ふにゃふにゃと体の力が抜けた啓悟さんに肩を貸して店から出た。
「んん、あるけないー」
啓悟さんがぐずりながら俺の首に手を回してくる。
「仕方ないですね……」
よいしょ、と啓悟さんの背中と膝裏に手を回して、お姫様抱っこをする。そのままでは人目につくので、ダークシャドウを出して空へと飛び立った。
「んへへー」
機嫌よさそうに笑う啓悟さんに、もう一度「仕方のない人だ」と呟いて夜空を行く。
家まで飛んで、靴を脱がせて、ベッドに啓悟さんを運ぶ。
「ふみかげくーん」
「なんですか?」
水を取りに行こうとした俺を啓悟さんが引き留める。
くいくいっ、と服を引かれて寝転がった啓悟さんに顔を寄せると、ちゅ、っと啓悟さんの唇が音をたてた。
そういうことをするならこちらにも考えが、と俺はベッドに乗り上げる。
そして、こちらからもう一度キスしようとしたところで――すぴ……と寝息が聞こえた。
「…………」
はあ、と大きくため息をついて体を起こす。
口付けられた嘴からはほのかにワインの香りがした。
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