金曜日のチーズケーキ
「美味しいケーキが食べたいなあ」
「わかりました、わかりましたよ。買ってきます」
その日は事務の仕事が多くて、事務所の事務員に残業をさせてしまった。彼女は気のいい社員ではあるのだけれど、その分俺に遠慮がない。だから、あからさまな要望に、俺は両手を上げて降参のポーズをとったのだった。
その日はもう遅かったので、次の日の昼休みに俺はケーキを買いに街に出た。何軒かケーキ屋は知っているけれど、自分ではあまり買わないのでどこがいいのか迷う。店先からなんとなく雰囲気を確認して飛んで別の店を見て、を繰り返してた、そんなとき。住宅街の片隅になにやら看板の出ている店が目に留まって、そこに降り立つ。店先の黒板には「金曜日限定 チーズケーキ」の文字。
なるほど、限定。須らく人間と言うものは限定に弱い。俺も、きっと彼女もそうだろう。素朴な店の外観もなんとなく好感が持てて、俺は店の扉を開けた。
からんからん、とドアベルが軽い音を立てて、客の入店を知らせる。中も素朴な内装で、男の俺でも気楽だ。イートインのためのテーブルがひとつに椅子がふたつ。ショーケースにはケーキと、その上には焼き菓子もあるようだ。
「いらっしゃいませ」
ショーケースの向こう側には黒い鳥頭の少年が一人。アルバイトだろうか? なんというか、似つかわしくないが、まあ偏見は良くない。
「えーと、表の……チーズケーキだっけ? それほしいんだけど、何個ぐらい用意できるかな」
「少々お待ちを」
流石に一人だけに買っていくわけにはいかないので、事務員とサイドキックの分、と尋ねると、少年は裏へと引っ込んでいった。壁のガラスの向こうにケーキ作りをしている男性の姿が見える。店長だろうか。
「十個はご用意できますが……足りるでしょうか」
「あ、じゃあ七個……いや、八個頼める?」
「承知した。何か特別な包装などは」
「んーん、いらない」
少年は「暫しお待ちください」と手際よくケーキの箱を作り、ケーキを詰めていく。俺は手持無沙汰で、つい「ねえ」と話しかけてしまった。
「高校生?」
「はい」
「どうしてケーキ屋さんでバイトしてるの?」
「……俺は林檎が好きで」
「うん?」
「この店のアップルパイに心を奪われてしまい……しかし、その、学生の身故、いつも買えるような手持ちもなく……」
「なるほど。それでバイト兼あまりものでも貰ってる、ってとこ?」
少年は頷きながら箱を差し出してきた。
「二五六〇円です」
「はいはい」
財布を出して会計を済ませ箱を受け取る。
惚れこんで働きに来るような子がいるくらいのケーキ屋のケーキか。楽しみだな。
そう思いながら店を後にしようとすると「あの!」と声をかけられた。
「アップルパイは月曜日ですので、その」
もしよかったら……と尻すぼみになる少年の声に俺は少し笑って「了解」と返した。
金曜日のチーズケーキ、月曜日のアップルパイ。
ここまできたら他の曜日も気になるなあ。まあ、美味しくなかったらもう行かないけどさ。
しかし、俺はなんとなくこの店に通うことになるような予感がしていたのだった。
おわり!