放課後、校舎から出ると灰色の雲が空を覆っていた。いつものように更衣室で着替え、運動場へ出ると、ストレッチを始めていたジャックがぼそと言う。
「……降るな」
「分かるのか」
「あぁ」
雨の匂いが強くなってきた、とジャックは顔をしかめた。獣人ではないデュースにも湿った土の匂いが感じられるくらいなので、確実に降るだろう。これは屋内で部活動をすることになりそうだ。ぐいと二の腕の筋肉を伸ばしながら溜息をつく。デュースは走ることが好きだ。大地を踏み締めて駆け、ぎゅんと身体が風を切って進む感覚が好きだ。なので雨の日は屋内で筋トレになってしまうのはとても残念だった。仕方のないことだけれども。
そうしているうちにポツリ、ポツリと大粒の雫が落ちてくる。雨は次第に勢いを増し、ざあざあと大きな音を立てて本格的に降り始めた。デュースはジャックと共に慌てて屋根の下へ引っ込む。
「夕立だといいな」
せめて雨の中寮に帰るのは勘弁してほしい。そう口に出してはみるものの、雲の切れ目が見つからないので難しいだろう。
デュースがストレッチを全て終えても、雨はまだ降ったままだった。雨足は弱まるどころか強くなっているように思う。どこかへ行っていた部長が帰ってくるなり声を張り上げた。
「学園長から『速やかに下校するように』って連絡が入ったから、今日の部活はこれで終わりで」
「まだ強くなるんすか」
「予報ではそうらしい」
「げえ」
デュースは今度こそ大きく溜息をつく。残念だったな。床に畳んで置いていたタオルを拾い、ジャックと一言二言話してから運動場を後にした。
予報通り、雨が止む気配は無い。念のため持ち歩いている折り畳み傘を開く。紺色に白いラインが入ったそれを使うのは久しぶりだった。ずっと通学鞄に入れっぱなしだったので若干壊れていないか不安だったが、問題なく骨はしっかりと開く。
肩に掛けた鞄を前で抱え、デュースは意を決して土砂降りの中へ足を踏み入れた。制服に着替えたところで汚れるだけなので、今日は運動着のままである。他の部活も次々と切り上げられているようで、カラフルな傘がちらほらと咲いていた。道のあちこちにできた水溜りを避けながら歩を進める。
と、傘が急に後ろから持ち上げられた。足元ばかり気にしていたせいで、すぐに反応できずつんのめる。傘を揺らした犯人はするりと中に入り込んできてデュースの隣に収まった。普通の傘より小さいためトンと肩同士が触れる。
「わり、入れて」
「エース……先に一言言ってくれ」
びっくりしただろ、とじとりと睨むが、エースはどこ吹く風で濡れた癖っ毛を掻き上げている。
「こんな雨だと声なんか届かないじゃん」
「傘、忘れたのか」
「つーか今日雨降るって予報じゃなかったし」
「折り畳みぐらい持ち歩いとけ」
「えー、めんどい。デュースが入れてくれれば良くね?」
デュースだって好き好んで普段から持ち歩いているわけではない。嵩張るし、意外と重いのだ。
カチンと来たので傘の中からエースを追い出してやる。頭から豪雨を被ったエースは慌てて傘の縁を掴んで潜るとデュースに縋り付いた。
「嘘ウソ! デュースくんさすが優等生! 入れてくれてマジ感謝!」
「調子の良い奴だな……」
「神様女王様デュース様! ヨッ元ヤン!」
「また追い出されたいか」
「んでだよ! 褒めてんだろ!」
雨音に遮断された小さな空間の中でエースの声が響く。いつもよりなんだかハッキリと聞こえて、変な感じだ。
エースの発声直後は少しざらりとしている。それから芯のある、悪戯げな、でもどこか甘い声音。語尾は気怠く伸ばすか、ピシャッと切れるか。普段もずっと隣にいるのに、こんなにエースの声をじっくり聞いたのは初めてだ。なぜか耳が熱くなる。骨張った肩からじんわりと伝わる体温に鼓動が心なしか速くなっているような気がした。エースの方は半袖の運動着姿だけれど、デュースはちゃんと上着も羽織っているのに。
「おい、持て」
「はぁ?」
「お前の方が、背高いだろ」
「ゆーてそんなに変わんないじゃん」
「いいから持て。入れてやってるんだぞ」
「……はいはい」
エースに傘の持ち手を押し付けて、鞄を両腕で抱え直す。これで顔を隠すのはさすがに無理があるので、せめてもの抵抗でそっぽを向いた。
「ねぇ」
無防備な耳元にエースの吐息がかかってドキリとする。いつの間にか肩どころか二の腕までぴっとりとくっついていて、デュースは首をすくめた。ますます熱が身体を巡り、頬まで熱くなってくる。
「なんで、赤くなってんの」
エースに腕を引っ張られて大きな水溜まりを避けた。デュースの視線の先は泥が跳ねて汚れたスニーカーと運動着の裾。濡れて色濃くなっている石畳。
「ねぇ、」
焦れたような、熱の篭った声だった。砂糖のようにちょっぴりざらついていて、煮詰めたジャムみたいにどろりと甘い。デュースはますます顔を上げられなくなって、とうとう鞄に顔を埋めた。エースがデュースを引っ張ったり押しやったりして勝手に水溜まりを避けるように歩いてくれるので特に足取りに問題は無い。
「デュース」
いやにしつこい。その甘ったるい声で名前を呼ばないでほしい。ここに監督生でもグリムでもジャックでもいれば、普段とと変わらない帰路だっただろうに。エースと二人っきりのせいで、変に意識してしまう。
「……こっち向いて」
いつものだ。デュースを“悪いこと”に誘う、やけに真剣な声音。これに引っ掛かって散々痛い目にあっているのに、デュースは何故かエースのその声に抗えない。今回もやっぱり逃げられなくて、おそるおそる顔を上げた。湿気で髪が頬に貼り付く。
「ドキドキしてる?」
そう囁いたエースの顔も赤くなっていた。チェリーレッドの目が細められると、デュースの心臓がきゅうと引き絞られる。なんだこれは。ばくばくと内から胸を叩く拍動が耳について、雨音が遠ざかっていくような気がした。
「……エースも、してるんだろ」
「そりゃ、まあ。相合傘だし?」
「あ、い、!?」
「気付いてなかったのかよ」
デュースらしいけど。エースは声をひそめて笑う。
だからその声をやめてほしい。くす、と溢れた小さな笑みさえデュースの背筋を擽った。
「知ってる? 傘の中で聞く相手の声が、一番良く聞こえるんだって」
「そ、うなのか」
デュースは見事に引っ掛かったらしい。エースの思い通りなのが悔しくて、脛を爪先で蹴ってやろうとして────やっぱりやめる。泥だらけのスニーカーで蹴るのは気が引けた。
「好きだよ」
「すっ、え!?」
「お前が、好き」
エースとデュースが歩いているのはまだメインストリートだ。周りに生徒も沢山いる。告白っていうのはもっと、なんか、校舎裏とか人気の無いところでやるもんじゃないのか。というか告白!? これが!?
「デュースは?」
「へ!?」
「オレのこと、好き?」
「な、なん、今までお前、そんな、」
「あー、うん。言うつもりは無かったんだけど」
「じゃあ今、言わなくても……」
「いやなんか押せるっぽくね? と思って。弾みで」
弾みで。デュースは唖然と繰り返す。ノリで生きているにも程があるだろ。開いた口が塞がらないとはこのことか。しばらく呆然とした後、遅れてぎゅうと喉が締まって、心臓から頭の先まで熱湯を注がれたように茹だる。
「お前、オレが好きでしょ?」
「……どうだろうな」
「え、それもう好きだって」
「そんなことない!」
知らない。分からない。デュースはエースに対してそんな感情を抱いたことはない。そりゃあ、ダ、ダチとしては? 嫌いじゃないというか? ……普段行動を共にしているので察してほしい。のだが。
「絶対お前オレのこと好きじゃん〜」
「す、きじゃない」
「えー」
「好きじゃない」
「やめてそれ。お前自己暗示とかめちゃくちゃ効きそうだから怖ぇよ」
頭がコツンとぶつかった。そのままぐいぐいと体重をかけられて身体が傾ぐ。
「重い! 人前でくっつくな! ご、誤解されるだろ!」
「どーせ『またじゃれてる〜』ぐらいにしか思われないでしょ」
うぐ、と言葉に詰まる。確かに、エースとデュースは異性やら何やらを取っ払って周囲から『エーデュース』と一括りにされている。風呂上がりに二人で課題をしていても、オンボロ寮に泊まって二人で朝帰りしても、夜中に二人でこそこそ夜食を漁っても何も言われない。
「お前はオレが好きだよ。どーやったら認めんの?」
傘が斜めになって、ざあと水が端から落ちる。デュースの真横に滝を作ったのに肩が濡れないのは、エースがデュースに傘を寄せてくれているからだろう。デュースは唇を噛み締めると、ごちんと頭をぶつけ返した。
「傘の外でも好きだったら認めてやるよ!」
カット
Latest / 106:43
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ふぉろわさん誕エスデュ♀
初公開日: 2021年09月04日
最終更新日: 2021年09月04日
ブックマーク
スキ!
コメント
久しぶりに書きます