傑と硝子が二人揃って急用だというのは勿論嘘であった。彼女の気持ち──同級生の五条悟を好きであるということ──を知っている二人が謀ったのだ。なんなら悟の方も彼女のことを好いていることも知っている。両想いなのになかなか進展しない二人をもどかしく思った傑と硝子がお膳立てをしたというわけだ。
 待ち合わせ場所で二人きりになった彼女と悟はケータイを見ながら小さく溜息をついた。
「でもまあ折角来たし二人で行くか」
 悟の言葉に彼女がこくんと頷く。本当は四人で来たかった気持ちもあるが、意中の人と二人きりになれれるとは思っていなかった彼女が僅かに頬を染めた。それがこの暗がりでどうかバレませんようにと思いながら、悟の「眼」を以ってしてそれは無理だと分かって、ふいと顔を逸らした。
 屋台の並ぶ通りは人でごった返していた。正に夏祭りといった様子である。彼女は周りの人々から頭ひとつ飛び抜けている白髪を必死で追った。足の長さも違いすぎて歩幅が合わない。しばらくしてそれに気付いた悟が振り返って言った。
「袖掴んでもいいよ。それとも手繋ぐ?」
 悪戯っぽく笑う悟に、彼女は冗談にならない、と思った。
「悟がゆっくり歩いてくれればいいじゃない」
 文句を言いながら、悟の服の裾を摘む。今日の悟の服装は、浴衣ではないどころかそこらのコンビニへでも行くような、だるっとしたTシャツにスウェットというなんとも締まりのないものだった。彼女は私服ながらこのイベントを楽しみにしていたのでそれなりのおしゃれをしてきている。
 悟は見ているだけで胸焼けしてしまうほど、わたあめ、林檎飴、クレープ、チョコバナナと甘いものの屋台を網羅していく。晩御飯をここで食べようと思っていた彼女は焼きそばやたこ焼きといった定番ものを食べていた。
 食べ物以外の屋台は子供向けのものが多い。悟はあるくじの屋台をじっと見て、「この屋台、当たり入ってないね」と言って離れていった。六眼のおそろしき、と思いながら彼女もくじの屋台は見ずに悟についていった。
「あれ可愛い」
 彼女が射的の屋台の景品を見ながら言った。それは少し大きめのくまのぬいぐるみ。別に彼女はそれが欲しくて言ったわけではなく、ただ感想をこぼしただけなのだが、悟がニッと笑いながら言った。
「取ってやろうか」
「え、できるの?」
「楽勝」
 確かにそれは愚問であった。呪術界最強の男が屋台の射的など簡単に扱えないはずがない。前述通り、彼女はそれが欲しかったわけではないが、他に食べ物以外の屋台には寄っていないことだしちょっとやっていこうということになった。
 射的の屋台には先客がいて少し並んで待つことになった。しかし、いかんせん通りは人で溢れているものだから、自然二人の距離は近くなってしまう。危ないよ、と悟に肩を抱き寄せられて、彼女はどっと心臓を高鳴らせた。ありがと、と短く返しながら、表面上はなんとか平静を取り繕う。見上げると、悟もこれと言って表情は変わっていないのが彼女は少しがっかりしたのだが、悟もまた無表情に努めているのであった。二人の心臓はバクバクと鳴っていた。
 悟たちの番が来た。まずは彼女の言っていたぬいぐるみから、そして目についたもの片っ端から景品を掻っ攫っていく。渡された弾の数と同じだけ景品を手に入れてしまって、彼女は大人気ないなと思いながら悟らしいとも思った。屋台のおじさんが勘弁してくれよ、と笑いながら袋に景品をつめて渡してくれた。
「ほら」
 悟が例のくまのぬいぐるみを彼女に手渡した。もふもふとした肌触りに彼女が顔を綻ばせると悟も笑った。
「同じのもう一体あるじゃん」
「こっちも要るか?」
「さすがに二体は要らないかな」
「なんだよ、お揃いか?」
 ハハっと笑いながら言う悟に彼女は胸の奥が温かくなるのを感じた。悟がくまのぬいぐるみを持っているというおかしさにも、お揃いと言ってくれた嬉しさにも。悟はぬいぐるみも他の景品と一緒に袋に入れたままだが、彼女はそれを大事そうに抱えたまま歩いた。
 しばらく歩いて、彼女がすれ違う人と肩がぶつかってしまってすみませんと言っているうちに悟は先へ行ってしまったのか、二人ははぐれてしまった。彼女はくまの手をぎゅっと握りながら、しかしあの高身長に白髪という目立つ容姿ならば、また甘いものの屋台に行けばすぐ見つかるだろうとケータイを取り出すまでもしなかった。
 彼女が一旦通りの端の方へ出て見慣れた白髪が見えないかと辺りをぐるりと見回していると、後ろから三人組の男性に声をかけられた。所謂ナンパである。
「お姉さん一人? 一緒に回らない?」
 こんなザ・常套句で声をかけてくるとは、彼女は少し面白くなりながら顔の前で手を振り丁重に断った。彼らの腕を捻り上げることなど彼女には容易いが、勿論こんなところでそんな真似はできない。
「友達と来てるので」
 彼女は自分で言いながら、「友達」なんだよなぁと一人で勝手に傷ついた。今日でその距離を少しは縮めることができるのだろうか。寂しそうに俯くと輩は何か勘違いしたのか、まだ食い下がろうと歩を詰めてくる。
 その時、少し前に彼女を見つけてどう断るのか出来心で様子見していた悟が戻ってきた。悟は彼氏とか適当に嘘でもつけばよかったのに、と思いながら、彼女に声をかけていた真ん中の一人にガッと肩を組みダル絡みしながら牽制した。
「俺のツレに何か用?」
 身長百九十センチ越えの白髪にサングラスの男に迫られ怯えた男たちはすぐに退散していった。悟が発した「ツレ」という言葉は、「友達」よりも少し身近な気がして、そして一応ナンパから助けてくれたのだと思うと彼女の傷はほんの少し癒えた。悟も彼女が高専で普段から鍛えているので無理矢理連れて行かれるなどの心配はしていなかったが少しいいところを見せたいと思っての行動だった。
「一人でも大丈夫だったのに。てかどこ行ってたの?」
「せっかく追い払ってやったのになんだよ。あとそれはこっちのセリフ」
 二人とも、気持ちとは逆の言葉が口をついて出てしまう。これが二人の距離が縮まらない一因でもあった。
──本当に、なんで素直になれないんだろう
 彼女は心の中でひとりごちて、小さく息をつく。まぁ、素直になったところで叶うかもわからないんだけど、と続けながら、気を取り直してと悟に話しかけた。
「そろそろ花火あがりそうだけどどうする? 思ったより人多いね」
「俺はどこからでも見えるけど、またさっきみたいのに絡まれてもダルいし近くの公園でも行く?」
「そうだね、少し見づらいかもしれないけどそっちのが落ち着くかも」
 二人は人混みを抜け出して、少し距離のある公園で花火を見ることにして歩きだした。
「あ、ブランコ! 小さい頃好きだったんだよねぇ」
「ガキっぽいな」
「だから子供の頃って言ってんじゃん」
 彼女は少しはしゃぎながらブランコに座る。悟も景品の袋をブランコの支柱の根本に置いて空いている方のブランコに座った。彼女は尚もぬいぐるみは抱えたままである。
「ソレ暑くねーの?」
「……可愛いから」
「あっそ」
 子供用のブランコでは悟の足が余ってしまって窮屈そうだ。逆に漕ぎづらいまであるだろう。彼女は足を曲げ伸ばしして軽く前後しながら夜風の匂いを嗅いだ。陽は落ちていてうっすらと星が見え始めている。
「……」
「……」
 二人ともまだ花火のあがらない空をなんとなく見上げながら妙に気まずくなって無言になった。彼女がブランコを揺らすキィ、という音が時折響く。
「夜の公園とか蠅頭湧きそう」
「俺が居るから寄ってこねぇよ」
「たしかに」
 また色気もへったくれもない話題にしてしまった、と彼女は後悔した。悟はどんな顔をしているだろうとふと横をみると悟もこちらを向いていてぱちりと目が合ってしまった。二人同時にばっと目を逸らす。
「は、花火なかなか始まんないね」
「……そうだな」
 また二人の間に沈黙が訪れる。緊張ともなんとも言えない空気を破ったのはドン、という花火が打ち上げられる音だった。
「あ、始まった」
 彼女がブランコから立ち上がる。
「ベンチの方が見やすいかもな」
 悟が言うと二人はベンチへ移動して腰掛けた。先程より二人の距離が近くなって彼女は花火よりもそちらが気になってしまった。更に、どういうわけか悟が少し距離を詰めて座り直した。公園の木々が邪魔だったのか、しかしそんなことは彼には関係ないはずだ。悟は彼女のほうは見ずに花火を眺めているままである。
「綺麗だね……」
「そうだな」
 彼女がもう一度悟の方を見ると、彼の白髪が花火に照らされうっすらと虹色に輝いていた。長い睫毛を羨ましく思いながら、しかし視線は交わらないなと苦笑して花火に目を戻す。すると今度は悟が彼女を見つめた。花火なんかより、余程興味深そうに。なんでも見える筈のその目は、彼女の気持ちまでは汲み取れない。
 やがて花火大会は終わった。
 帰路に就きながら、祭りの終わり特有の寂寞感に襲われて、彼女はせっかく傑と硝子の二人がこのチャンスを設けてくれたのに何の進展もないまま終わってしまうことに少し焦った。それは悟も同じであった。
「今日、二人になっちゃったけど楽しかったね」
 彼女は勇気を振り絞り、しかし悟と目を合わせることはできないまま、地面を見つめて言った。
「……じゃあまた二人でどっか行くか」
 悟の言葉に彼女がぱっと顔を上げると彼はそっぽをむいていた。しかしその頬が僅かに染まっていたことを、暗がりでも、彼女の目でも、間違いなく認めることができた。
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五と夏祭りに行く話
初公開日: 2021年09月03日
最終更新日: 2021年09月03日
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二次創作、夢小説につきご注意ください。
呪術廻戦、五条