キッチンの冷凍庫をそっと開け、目当てのものを取り出す。
それから足音を忍ばせながらキッチンを出てリビングの方を伺えば、テレビから聞こえる野球の実況とそれにあれやこれやと話し込んでいるおじさん達の声がした。
今なら大丈夫だ、と僕は足音を忍ばせたまま玄関に行くと、音を立てないようにサンダルを履き、扉を開けて暗い夜の闇の中へと駆け出した。
灯りのついている家の前を駆け抜け、蛙が鳴く田んぼの傍を駆け抜け、やってきたのは古びた鳥居の前。
月明かりがあるこちらとは違って、鳥居の奥は森が広がっていることもあってより真っ暗に見えた。
でもその奥はちっとも怖いところじゃないことを、僕は知っている。
僕は鳥居をくぐると、じっと辺りの音に耳を澄ませながら進む。
するとお社に辿り着く前にかさ、と小さな音がした。
音のした方を見れば、お社へ続く道の途中、暗い林の中でぼんやりと橙色の光が揺れている。
僕はそっちの方へと寄っていくと、我慢しきれずに呼びかけた。
「トレパンおじいちゃん!」
すると橙色の光──トレパンおじいちゃんの尻尾がふわん、と揺れてこちらを向く。
「坊!何だお前さん、こんな時間に何しに来た?」
夜に遊びに来るとは思わなかったんだろう、トレパンおじいちゃんは金色の目を真ん丸にしてこちらをじっと見ていた。
そんなおじいちゃんの前に、僕は持ってきたものを出した。
手の中でひんやりとした冷気を放っているのは、先程冷凍庫から取り出したもの──僕の大好きなアイスバーだ。
「おじいちゃんと一緒に、わるいこと、したいなって」
そう言えばおじいちゃんはしばらく面食らっていたけど、やがてすうっと目を細める。
「そうか、悪いことか。愛し子の可愛い悪事に付き合ってやらなんだとなれば、千年狐仙の名折れだなぁ?」
おじいちゃんにひょいと抱えられたかと思えば、トン、という軽い衝撃と一緒に一気に地面が遠くなる。
僕は悲鳴を上げる間もなく、近くに生えていた大きなケヤキの木の枝の上に連れてこられていた。
「ここならよく風が当たるから涼しいぞ」
そう笑ったトレパンおじいちゃんは、僕を枝に座らせると興味しんしんと言った様子で手の中のアイスバーを見てくる。
「で、それは何だ?いやに冷たいが……もしや最近噂に聞く氷菓子というやつか」
ふわ、ふわと尻尾を揺らしながら問いかけてくるおじいちゃん。
僕はそんなおじいちゃんをかわいいなぁと思いながら、ぴりっと包装を剥いた。
そして取り出したソーダ味のアイスバーを、おじいちゃんに持たせてあげる。
「うん、多分その氷菓子っていうやつだと思う。ひんやりしてて、とってもおいしいんだよ」
おじいちゃんはしばらくアイスバーを見て「本当に冷たいな……」とか「薄青色の食い物とは……見た目は涼しげだが、はて……」とか言ってたけど、遂にぱくりと噛みついてしゃく、と噛み取った。
瞬間、冷たさに驚いたのかトレパンおじいちゃんの尻尾がぶわっっっ!!と膨らむ。
その勢いにびっくりした僕が目を真ん丸にしていると、たっぷり10秒くらい経ってからしゃく、しゃく、と噛む音がした。
そして、こくん、と喉が動く音。
「……どう、だった?まずく、なかった?」
僕が恐る恐る聞けば、おじいちゃんはゆっくり視線を落としてくる。
ふよふよと揺れている尻尾。
感情が分かりづらいおじいちゃんの表情。
もしかしてまずかったのかな、と思っていた、その時。
「……美味い!とても涼しくなれる、今の季節にピッタリだ!」
弾けたような笑みが、トレパンおじいちゃんの顔に浮かぶ。
その言葉に、僕は一気に嬉しくなってやった、と小さくガッツポーズをした。
「美味いなこの菓子。見た目も冷たさもいいが、味も涼しげな甘さなのが気に入った。これは何の味なんだ?」
「えっとね、それは確かソーダ味だよ!」
「ソーダ……あぁ、あれか。また今度、里の者に頼んで売ってもらうかなぁ……ん?坊、そっちは?」
ふと、おじいちゃんがすん、と鼻を動かす。
おじいちゃんが気にしているのは、僕が持っているもう一つのアイスバー。
おじいちゃんのアイスバーと違って薄黄色をしたそれが、おじいちゃんは気になるようだった。
「これ、レモン味のアイスバー……氷菓子だよ」
「れもん……あぁ、あれか!なぁ坊、一口くれはしないかね」
「いいよ!おじいちゃんレモン好きなの?」
すうっと顔を近づけてくるおじいちゃん。
そんなおじいちゃんに何の気なしに聞けば、おじいちゃんはふるりと首を振った。
「いいや、好きではない……と言うより、今まで食べたことがない」
「そうなの?」
「あぁ。だが誰だったか……確かフロンタルだったか、あいつが言っておったんだ」
「フロンタルお兄ちゃんが?何を?」
「『初恋というのは、檸檬の味がする』と」
言うが早いか、おじいちゃんは僕が持っていたアイスバーをしゃくりと噛んだ。
そのまましゃく、しゃく、と噛んで飲み込んだおじいちゃんは、暫く味を確認するようにぼうっと空中を見ていたが、やがてにいっと笑う。
「甘くてほんの少し酸いな。なるほど確かに、恋の味と言うてもおかしくはない」
おじいちゃんの赤い舌が唇に残ったアイスを最後まで味わうようにちろりと唇を這う。
それを見た瞬間、僕の背筋がぞわりと震えた。
綺麗だった。
とっても綺麗だった。
僕が知るなかで一番か二番目に綺麗なおじいちゃんが、余計に綺麗に見えた。
それに、何故か変にお腹がじくじくと熱くなる。
まるでいけないものを見てしまったように心臓をどきどきさせながら、僕は気持ちを落ち着けようとして手に持ったアイスバーを齧る。
しゃくん、という気持ちのいい感覚と共に口の中に転がり込んできた味は、おじいちゃんの言った通り甘くて少し酸っぱかった。
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アイザリス
いらっしゃいませー(U'ω')
19:36
妖光キリオ
お邪魔します…|´-`)
19:59
アイザリス
あれ妖光さんでしたか!どうぞどうぞご自由に!
49:25
アイザリス
とりあえずこの話書けたのでこの配信は閉めます!見ていただきありがとうございました!
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向き
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