「おや、もう足を止めてしまうのかい?」
酸素が頭へと回らず、喘ぐ様に呼吸を繰り返し、これ以上は走れない、と足が思うように動かない。唯一の対抗手段としてやっとの思いで部屋から盗ってきたナイフも、気を抜けば落としてしまいそうなほどであった。
 何故こうなってしまったのか。想像することは出来たが理解することは叶わなかった。もし想像の通りであれば私の”自分の世界へと帰る”という選択によるものだ。しかし、私は彼と親しくはあったものの、特別な関係というはずではなかった。
 別れのあいさつのつもりで彼の部屋を訪れた。いつも笑顔を絶やさなかった彼の顔に翳りが見えたと思えば、気が付いた頃には見知らぬ森の中に佇む小屋の中、彼と二人きりだった。
もうどれくらいの間あの小屋にいたのかはわからない。彼は常に警戒を怠らず、部屋を留守にする際も外から鍵を掛け、内からは開けれないようにしていた。
 しかし、今日は違った。いつもなら閉まっている窓の鍵が開いていたのだ。これがもし、彼の罠であったとしても、チャンスはここしかないと思い彼が愛用しているナイフを片手に逃げ出した。
それがこのざまだ。すぐに見つかり、あいていた距離はもう彼の声が届くまでの範囲へと縮まっていた。
「ああ、私はまだこの楽しい時を終わらせたくないんだ。さあ、はやくお逃げ、でなければ捕まえてしまうよ」
まるで狩りをするように、私のこの逃走を楽しんでいる。何故なのだろう、何故、私だったのだろう。息も絶え絶えで、もう足も動かない。ならば、と足を止めてルーク先輩へと顔を向けた。
「ど......して、わた、し」
「ああ、キミの疑問も最もだ。でもね、私はただキミのことが愛おしいのさ!」
全てわかっているといった晴れやかな表情でただ愛を詠う。
その姿は私の知るルーク・ハントそのものだったが、それ故に恐ろしかった。私がそんなにも彼に気に入られていたとは夢にも思わなかったのだ。
「嗚呼、まだわからないという顔だね。でもそうだな、もうこの鬼ごっこ(Le jeu du Loup)もお終いにするかい?」
話の続きは帰ってからじっくりするとでもしようか、と立っているのもやっとな私の元へとゆっくり近づき、私の頬へとその手を伸ばす。嗚呼こんなにも顔を歪ませて、でもそんな表情も君の努力によるものだ美しいよ、と私がもう逃げるのを諦めたと思ったのだろうか。
今しかない、とずっと利き手に持ったままであったナイフを振り上げる。やっとの思いで切り上げたその切っ先が、咄嗟に身を引いた彼の頬を掠めた。やった、時間稼ぎぐらいにはなるか?と彼の方を見やる。すると彼は驚きの表情を浮かべたかと思うと見たこともないほどに晴れやかな笑顔だった。
「素晴らしい(marvellous)!足を止め会話で時間を稼ぎ、あまつさえ私に傷を負わせた!
そんなにも体力を削られた状態でまだ動けるだなんて、流石だよトリックスター!」
彼は興奮した様子で頬が血で濡れているのも構わずに、やはり、それでこそだ、と独り言のように呟きながらひらいた距離を詰めようとする。
一矢報いた、一太刀浴びせたと思っていたのに効かないどころかさらに興奮するなんて想定していなかった。この間にさらに距離をあけようと思っていたはずだったのに、もう私の足は動かすことが出来なかった。
「さあ、トリックスター!続きをしよう!もっと新しいキミを魅せてくれ!」
その、どこまでも余裕に溢れ心の底から私を楽しんでいるその声に、もう逃げることは出来ないのだと悟った。
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向き
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リプ来たからルクハンの顔を血濡れにする。
初公開日: 2021年08月25日
最終更新日: 2021年10月18日
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コメント
タイトルのまま。
字数短めで行こうと思っております。
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すいぶん
1
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すいぶん
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