アレンが、口元を綻ばせた。
ゼファーの手を取り、指を一本ずつ丁寧に触っていく。痛みはないか、感覚はあるか、動かせるか。彼のその手付きは、あまりにも優しかった。
深い意味は持たず、ただ確認のために指を絡めて手首に問題ないかと曲げられたが、ゼファーがつい自身の指に力を入れる。絡み合った手を見て、アレンがゼファー、と困ったような笑みで制止の声を上げた。痛みこそあったが、絶好の機会を逃すゼファーではなかった。
「指を昨日より動かせるようになってるね。これならシャワーぐらいだと一人でも問題なさそうだけど……」
「あー、動かすとまだ多少痛むから引き続き頼む。悪いな」
「じゃあ、今日は様子見だね」
両腕が使えないのは想像以上に日常生活に支障が出るものだ。そんな中、率先してゼファーの面倒を見ていたのは同性であることもあってアレンだった。食事も、着替えも、身体を洗うことも勿論のこと。数日前の自分にアレンに身体を洗ってもらうことになるぞ、なんて伝えても何を言っているんだと足蹴にされるだろう。
大変心臓に悪いが、美味しい思いをしていることもまた事実。シャワー程度であれば一人で問題ない状態にはなっているが、それをアレンには告げない。ただの浅ましい男の下心だ、なんて口には出せなかった。痛みが僅かに残っているのも本当ではあるのだが。
しかしアレンの熱心な看病っぷりはまるで本当の医者だ。とは言っても治癒術を得意とするだけで、彼のここ数日の言動はこの町の医者の受け売りだ。
治癒術で応急処置はしていたもののゼファーは誰が見ても重傷だったため、近くにあったこの町に駆け込んだ時には随分と驚かれた、らしい。それだけあの時遭遇した火の精霊の力が強力だったというのもあるが、アレンの治癒術でなければここまでの回復は見込めなかっただろう。
「お前の治癒術があるからあんな無茶ができたんだよ。気にすんなって言っても無駄だろうが、あんな気にすんなよ。相棒」
ゼファーが告げると途端にアレンの表情に暗雲が立ち込める。そして、彼は眉尻を下げたまま弱々しく微笑んだ。
「僕を、そうやって無茶する理由にしてほしくはない、かな」
瞠目する。賛辞の言葉のつもりだった。信頼を伝えたつもりだったが、彼の誇りを傷付けてしまった。
お互いの無茶は支え合う。それがゼファーとアレンだ。しかし――
「……悪い。お前を傷付けるつもりは、なかった」
言い訳に過ぎない言葉だ。誰かが傷付くことで、傷付く者がいる。ましてやアレン達はそれが顕著な優しい者達だ。あまりにも軽率だった、とゼファーは己の発言を後悔した。
顔を俯かせていたゼファーの耳に、くすりと微かな笑いが届く。
「僕の方こそ、ごめん。ちょっと意地悪だったかな」
「……焦らせるなよ、相棒」
堪らず深い溜息を吐いてしまう。どうやら全てが本意ではなかったらしい。あまりにも無茶をしたゼファーに対して、アレンなりの意趣返しだ。両腕がまともに動いていれば、今頃アレンの肩を掴んでいただろう。
「僕の腕を信頼してくれてるのは嬉しいけど、治癒術は万能じゃないんだ。治せない傷だって、たくさんある」
それは、ゼファーも身を以て知っていた。あらゆる外傷は治せても、胸の内にある柔らかな箇所は治すことはできない。だが、それでも彼が寄り添おうとする姿勢は、優しい心は、間違いなく"それ"すら癒すことができるとゼファーは思っていた。
暗い表情で視線を落とすアレンは、まだ記憶に新しい三日前の出来事を思い出しているのだろう。人の身が焼け焦げる匂いに、鉄の匂い。容赦なく襲い掛かる紅蓮の焔。駆けていく、ゼファーの背中。
「……お前も、無茶すんなよな」
腕をどうにか動かして、アレンの左手を手に取った。そこにはじっと眺めなければ気付かない程度の、小さな火傷の痕。あわよくば、彼の傷こそ残らなければいい。そう願う。
「今のゼファーよりは、無茶しないかな」
「はは、どうだか。……アレン」
彼の名を呼ぶと、アレンはゆるりと顔を上げる。そうして、抱きしめられない代わりに――唇を重ね合わせた。
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ぜふぁあれエアスケブ
初公開日: 2021年08月23日
最終更新日: 2021年08月23日
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エアスケブさぎょ