ざあざあ、という騒音にも似た地を殴り付けている音。先程まで大地を包んでいた晴天は重量感のある暗雲に姿を隠し、大粒の水滴は容赦なく降り注いでいた。 
「すごい雨ね。アレンは大丈夫かしら……」
窓に両手を付けながら、カナが不安げに暗雲を見上げる。窓の外では村人達が大慌てで軒下に避難している様子が見られた。
「ゼファーさん、アレンは傘って……」
「当然持ってねぇな。仕方ない、迎えに行ってやるか」
サラの言葉にゼファーが立ち上がり、いってらっしゃいというカナの声を背に受けながら宿屋の出入り口へと向かう。
今頃相棒はどうしているのやら。すれ違いになる可能性もあるし、途中で濡れ鼠になって戻ってくるアレンと出くわす可能性もある。その時はその時だ。そう思いながらゼファーは宿屋から傘を一本拝借した。
「おや? ゼファー様、アレン様の分と二本必要ではございませんか?」
見送りにきたリッピの問い掛けに、にっと笑って答えてやる。
「俺達にはこれで十分さ」
扉を開ければ、室内では聞こえなかった激しい雨音がゼファーを出迎えた。傘に落ちて弾ける雨粒が、音を奏でる。ゼファーの足が、出来て間もない水溜まりをぱしゃんと蹴った。傘を差しているのにも拘らず、大粒の飛沫で足元が次第に濡れていく。
すっかり人気のなくなった村を歩いていれば、たった一人、雨に打たれている者がいた。
「どうした、アレン」
傘を差し出してやると、寂しげな背を向けていたアレンが振り返る。
「……ゼファー」
雨音に掻き消されてしまいそうなか細い声は、ゼファーの耳朶を確かに震わせた。
雨が染み込み色濃く変色した衣服は酷く重たげで、濡れて顔に張り付く髪は不快だろうに、彼は拭うことも振り払うこともしない。表情にはどこか憂いが見えて――彼の中から、雨音がした。
傘が、とさりと濡れた地面に落ちる。
「ゼファー?」
気付けばゼファーは、アレンを抱き締めていた。
「……これは雨で、僕は泣いてるわけじゃないよ」
「……そうだな。俺も抱き締めたくなったから、こうしてるだけだ」
アレンにそう言葉を返す。普段ならつらつらと並び立てられる皮肉な言葉が、出てこない。込み上げるものはあるのに、声にすらならなかった。
抱き締めたいと思ったから身体が勝手に動いた。本当にただ、それだけだった。
遮る物を失ったゼファーの背を、冷たい雨が打ち付けていく。ゼファーの金の髪は萎れたように垂れ下がり、頬を雨粒が伝っていく。次第に体温が下がり、身体が冷えていくのを感じる。それでも凍て付いたアレンの身体よりは温もりが宿っていた。
「ゼファー、傘が……このままじゃ、君も」
「別にいいさ、これくらい」
アレンの身体を力いっぱいに抱き締める。痛みが伴ってしまうほどに、強く。それでもアレンは声を上げることも、身動ぎすらしないままだ。
「……ごめん。気を遣わせてるよね」
アレンの表情は、ゼファーからは窺えない。しかしその沈んだ声色だけで手に取るようにわかる。自分達の付き合いがどれほど長いと思っている。誤魔化せてると思ってるなら甘いんじゃないか、相棒。そんな言葉を脳内に浮かべながら、ゼファーはアレンの頭をくしゃりと撫でた。それに応えるように、アレンがゼファーの腕に手を添えた。
気を遣ってなんかいない。アレンに手を差し伸べたいと思ったからこうしているだけだ。アレンだって、そうだったろう。
しかしゼファーはその言葉には何ひとつ返さず、口を開いた。
「好きなだけ泣いちまえばいい。俺の胸ならいくらでも貸してやる」
甘え下手なお前には、きっとこんな時ぐらいしか貸してやれないから。
「泣いてるわけじゃないって、言ってるのになぁ……」
消え入りそうな声だった。何かの滲んだ、喉がひくりと引き攣った声。
アレンがゼファーの方に身体を振り返らせる。そこには、雨に塗れて酷い顔をした、眉尻を吊り下げているアレンがいた。
彼を見てゼファーがひとつ笑いを零し、もう一度きつく抱き締めてやる。するとアレンはゼファーの肩口にぐりぐりと頭を押し付けた。すっかり冷えてしまった身体は、僅かに震えていた。ゼファーは、その雨を止める術は持たない。それでも、受け止めてやることくらいなら。
雨は、降り続いていた。
しばらくして、長い息を吐いたアレンがゼファーから離れる。
「……ペンダントはもう買えたんだよな? 帰ろうぜ。みんな待ってるぞ」
微笑みを携えて頷いたアレンの中の雨は、もう止んでいた。
傘を持って行ったにも拘らず全身ずぶ濡れで宿屋に戻ってきたゼファーを見て、サラ達は驚きながらも疑問を口にした。アレンとゼファーが顔を見合わせ、苦笑を浮かべながら傘の押し付け合いをしていたらこうなったと答えれば、彼女達は多くを語らずどこか楽しげに微笑んだ。
しかし風邪を引いてしまう前にシャワーを浴びるようきつく言われ、二人して即座に押し込まれてしまった。特にアレンの身体は氷になってしまったかのように中々体温を取り戻さない。温泉でもあれば芯から温まっただろうか、とゼファーは彼の冷えた身体が驚かない程度にシャワーを浴びせてやっていた。
時間は掛かったが通常の体温に戻ったアレンの頭を拭いてやっていると、ふと首を振り返らせてゼファーを食い入るように見つめてくる。今更髪を下ろしたこの姿が珍しいわけでもないだろう。吸い込まれそうな双眸に射抜かれ、鼓動を早める心臓を抑え込むようにして言葉を投げる。
「どうした? もしかして痛かったか?」
「ううん。そうじゃなくて…………なんでもないよ」
ほろり。何かを紡ごうとしたアレンの瞳からは、彼の言葉を否定するべく零れ落ちていく。それで何でもないわけがないだろう、というゼファーの指摘はアレンによって遮られる。
「ゼファー、これは違うんだ。そういうのじゃなくて……」
アレンは酷く困惑しているようだった。形容する言葉を探しているがどこにも見つからない。己の意思を超過して零れ落ちるそれを拾い上げることすらできない。そんな様子のアレンの頬に、ゼファーはそっと口付けてやる。
「わかった。何でもないことにしておいてやるよ」
「うん、今はそうしてもらえると嬉しいな。……って、わわっ!」
アレンの頭をぐしゃぐしゃと掻き回してやると困惑と抗議の声が上がったが、それはいつしか笑い声に代わっていた。
全く。今日の相棒には心を揺さぶられてばかりだ。どうやらアレンの涙は人を惑わす効能があるらしい。
こちらが振り回してやりたいと思うことも多々あるが、アレンはゼファーのそんな思考など露知らず。なんだかんだで純粋で真面目で素直なアレンに振り回されることの方が圧倒的に多い、気がする。結局それも悪くないと感じているゼファーは、相棒には敵わないなと苦笑いを落とすことしかできないのだ。
今度は僕が拭くよ、と言ってアレンがゼファーの頭を手に取ったタオルで拭き始める。優しい手付きはまだ昼間だというのに眠ってしまいそうになる。もうしばらくすると、サラ達が突如として乱入してくるのだが、二人はまだ知らない。
そうして何事もなく、今日という日が終わるはずだった。
きりがいいのでおわります!
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ゼファアレおげんこ
初公開日: 2020年10月13日
最終更新日: 2020年10月13日
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一人アンソロお原稿です。