※スターレスはぷえカフェ(猫カフェみたいなもの)
可愛らしい生き物。「それ」を初めて見たときに感じたのはそんな感想だった。
「いらっしゃいませ。ようこそ、スターレスへ」
星のない、という店名には似合つかわしくない、きらきらと輝く目で彼は言った。
小さな手を向けられ、どうしたらいいものかとこの店に連れてきた連れに助けを求める。連れは連れで苦笑しながら、挙動不審が過ぎるぞと私の肩を軽く叩いた。
連れは職場の同僚で、この店の常連だという話だった。最近職場で悩みを抱えている私を誘った彼は、お前には癒しが必要だ、と言って半ば無理矢理にこの店まで連れてきたのであった。
この店は、最近取り締まりが厳しくなった超小型獣人……、世間一般には「ぷえ」と呼ばれる生き物に接客させる、いわゆる接待付飲食店というやつである。これまでの人生で動物に好かれたことのない私ではあるが、獣人であるならばあるいは、というほのかな期待を抱いてこの店に来たのだということは、それこそ連れにも言っていない。
犬に吠えられ猫に引っ掛かれ、兎に蹴られ馬に唾を吐かれ、ハムスターにもオカメインコにも逃げられる。そんな三十余年を過ごしてきた。けれど動物は好きだ。見るだけで癒されるし心が和む。けれど見るだけでは飽き足らず、何度も何度も触れることに挑戦して、いつも駄目で。
だから、今度こそ、これで無理なら潔く諦めようと奮起して連れてきてもらったのだ。ぷえ界でも至上のキャストが揃った、この店に。
私の接客担当になったのは、晶と名乗る白いネコ科の子だった。照明に照らされると透き通った青にも見えるような毛並みの、愛嬌のある子である。
「お客さん、はじめて? ルール説明とかしといた方がいい感じ?」
人懐っこそうな顔で親切にもそう問いかけてくる彼に、私は一も二もなく頷いた。一通りのルールくらいは聞いておかなければ、折角こんな私のテーブルについてくれたキャストに迷惑を掛けかねない。なお、連れは店の入り口ですぐさま彼のご贔屓を指名して、違うテーブルへと移ってしまった。
緊張しきりの私をけらけらと笑い飛ばしながら、晶はこの店の最低限のルールを教えてくれる。食事や飲み物の注文方法、入店からのスケジュール。やってはいけないこと、そして許されていることも。
「キャストによるんだけどね。たとえばあそこのテーブルの緑のウサギ、わかる? あっちは耳へのお触りはNG。赤い方は、あー……なんだろ。強いて言うならリンドウに手出されるの嫌がるか、あ」
喋っている間にも、説明通り赤い方が客に対して威嚇をしていた。そのテーブルの客が、説明のあった緑の方……おそらくリンドウというのだろう。その小さなウサギを指で突いたりお菓子を取り上げたりしていたから、自業自得と言えばそうなのだが。
ちなみのそのテーブルの客は私の連れだったので、あまり見ないふりをして目を逸らした。あんなに脂下がった顔を直視してしまっては、来週からの仕事に支障が出てしまう。
「ま、まあ……こんな感じ? なんか質問ある?」
へらりと笑う晶に、特に質問はないと答えようとしたが、ふと思い立つことがあって問いかけた。まだ、彼に対して「やってはいけないこと」を聞いていなかったからだ。
そう問いかけると、晶は一瞬きょとりと目を丸くした。不思議な色合いの目が真ん丸になっている、が、見る見るうちに表情が変わっていく。
丸かった目が細く、瞳孔はそれを上回るほどに。きゅるりと口角が上がって、尻尾がゆらゆらと揺れている。
小さな小さな手が伸びてきて、テーブルの上に置きっぱなしだった私の指にそっと触れた。火傷しそうなほどに熱い、小動物の体温。くらりと頭がゆだるような気さえしてくる。
「俺のNG? あんまりないなあ。それこそ、耳も尻尾も大丈夫だし、お客さん……あんたの好きなとこ触ってもらって大丈夫」
ニィ、と笑ったのか鳴いたのか。ごくりと思わず生唾を飲み込めば、晶は目ざとくそれを見咎めてころころと喉奥で楽しげに笑う。
「たとえば、ほら。おなかでも撫でてみる?」
ころん、とテーブルの上に転がり無防備に腹を見せる。野生動物では決してあり得ないその動作。
ハッとして思わず縋るようにこの店に連れてきた連れに目をやったが、彼は完全に蕩けた目で自分のテーブルについてくれたウサギのキャストを撫で回し、赤いオオカミの方のキャストにゲシゲシと蹴りを入れられていた。
これは役に立ちそうにない……。そう思って諦めた私が、ふわふわの猫毛を堪能できたのかどうか。それは私の名誉のために割愛させていただこう。