資料室から恐る恐ると出てくると、窓際にはカーテンおばけがいた。
「……侑ー?」
カーテンおばけへと声をかけてみるも、振り返る気配はない。カーテンおばけはカーテンをぐるぐると巻き付けたまま、そっぽを向いてしまっている。
……どう声をかけたらいいんだろう。
今回は――いや今回もだけど――悪いのは私の方だ。
生徒会が終わってみんなが帰ったあと、しつこいって言われてもキスを止めなかったから、侑はカーテンおばけになってしまった。
押し退けられてからまたやってしまったと気付いた。いつものことだけど、私はどうにもそれに気付くのが遅い。
だから謝りたい、のだけど。
「……侑ー」
もう一度名前を呼ぶけれど、返ってくるのは沈黙ばかり。
……どうしよう。
このまま根比べして侑の妥協を引き出す、というのはあり得ない。だって私が我慢できなかったのが悪いんだから、それはしちゃいけない。
謝るしかない。それは分かってる。でもただ謝るだけじゃ、結局は侑からの妥協を待つのと変わらない。
ごめんとだけ言って私だけ帰る――論外だ。私が寂しいのはいいけど、それは侑に向き合ったことにならない。
なにより、一度それで傷付けてしまったから。
そうは言っても泣いて謝るほどのことじゃあない……と言うと私のしでかしたことが軽く思えてしまうかもしれないけども、それでも泣き落としみたいになっちゃうし。
じゃあ……じゃあ……。
やっぱり思考が煮詰まってしまう。すぐに出てこないのは、これまでの八年近くをどれだけ真剣に人と向き合ってこなかったのかが浮き彫りになったようで、自己嫌悪が浮かぶ。
でも、それを言い訳にしちゃいけない。
そうして私は、分からないままに一歩、窓際へと歩み寄った。
カーテンおばけは動かない。
彼女の隣まで歩み寄って、私は――背中からそっと抱き締めた。
びく、とカーテンおばけの体が強張ったのを感じた。
「……侑。ごめんなさい」
ぽつぽつと、心からの言葉を送る。
……謝罪を、想いを受け取ってもらえるというのは傲慢だ。ともすれば形ばかりになってしまう。
でも。届けるつもりじゃないと、届いてくれない。
「寂しかったの。受験勉強が大変で劇団も忙しいし、明日からゴールデンウィークでしょ? そのあと選挙があって……私は生徒会長じゃなくなる」
一年前までは考えたこともなかった、当然の帰結。
それを口に出す苦しさはもうない。ただ。
「ここで会うことはもうなくなる。侑は放課後生徒会があるし、私も劇団があるから一緒に帰る機会が減っちゃう」
これまでの当たり前の一つが、こうしてなくなっていく。
それは受け止めてるけれど。
ただ、寂しい。
その衝動が出てしまった。冷静になれば迷惑だって分かるはずなのに。私はまだ子供のままだ。
「それで――」
続けようとしていた言葉が止まる。
カーテンおばけが振り返って、顔を出したから。
「……わたしも」
カーテンおばけが――侑が、わたしを真っ直ぐに見上げる。
「わたしも寂しいよ」
その表情と同じ色を、私も浮かべていたんだろうか。
「……うん」
知ってる。分かってる。
侑はそれを我慢して、私はそれを我慢できなかった。
「もう、大丈夫?」
「……うん。侑は?」
「我慢する」
……それは同時に、私はそれを表に出して言葉にできて、侑はそれを呑み込もうとしていたということ。
そうはさせたくない。
だから私は、茶化すようにして小さく笑った。
「あんまり我慢したら体に悪いよ?」
侑もそれに釣られるようにして、挑発的に笑う。
「その時は燈子が甘やかしてくれるんでしょ?」
「もちろんだよ」
一も二もなく頷く。
そうして少しだけ私たちは見つめ合って――唇を重ねた。
さぁとカーテンが揺れて、私たちを覆い隠す。
「わたしも、ごめんなさい」
ちょっとばかりバツの悪そうにしながら侑が頭を下げる。当然私も。
「……私も、ごめん」
「うん」
そう頷いて脱皮するようにカーテンを置いてく侑に、私は手を差し伸べる。
「帰ろう?」
侑はその手を、しょうがないなぁっていつもの顔で、指を絡めていった。
「ちょっと遅くなっちゃったね」
「燈子のせいだよ。反省してよね」
「う、はい……」
項垂れながら靴に履き替えていた私は、ふと振り返る。
二年間の思い出が詰まった生徒会室を、私はほんのちょっとだけじっと見つめて。
「お待たせ」
名残惜しむように鍵をかけてから、私は侑と手をつないで帰り始めた。