「”ケガはどうだったの?”」
「ええと、体中あちこち切られたりぶつけたりしたんだけど、これくらいならすぐに治るから平気です」
「”敬語はやめて”」
ポソリと言った。だが、ユウには効いたようだ。
「うん、わかった」
「”ケガ、もう全部治った?”」
「大丈夫、全部治ったよ」
ユウはケロリとした表情で答えた。
なるほど、と井上坂はユウの手足を見る。先ほど見たときには無数にあった切り裂かれた跡がなくなっていた。
井上坂は、表情を見せないように、進む道を向いて立ち上がる。
「……ケガがないならいい。字綴りを続ける」
「わかった。で、何をすればいい?」
「言織は――あるな」
そう言って、血でかすれた言織がユウのズボンに挟まっているのを確認する。
「え? あ、こんなところに……失くしたかと思ってた」
「言織は常に持ち主のすぐそばにある。字綴りは歩きながらになるが――」
井上坂は、ケガがないと言った血まみれの子供をみた。
「ボクなら大丈夫だよ、歩けるし」
先だって歩き出そうとするユウ。
「……無理して歩かなくていい」
井上坂は、自分の上着をユウに着せ、頭を優しく撫でた。血の染みついた髪がカサリと揺れる。
「俺が代わりに歩くから、無理するな」
再び浮遊感に見舞われたユウは、慌てて井上坂を止める。
「うわわっ! ま、待って待って! ボク歩けるから『|お姫様だっこ《コレ》』はやめてくれっ!」
「……そうか」
心なしか落ち込んでいるように見える。
渋々とユウを下ろし、今度は手をギュッと握りしめた。
「転ばないよう注意しろ」
「☆※■&◎%!」
初めて声にならない声を上げたユウ。言うまでもなく、顔は真っ赤だ。
「……大丈夫か?」
「あ? だだだじょーぶだっ! 手ぇ繋ぐくらいっらい、なななんとも、何とも!」
明らかに挙動不審なユウに、キョトンとする井上坂。
「なあ、そこ、ヒガンバナが咲いている」
「え? うん……」
見れば、ヒガンバナがあちらこちら、群れるように咲き、近くを小さなトンボが飛んでいる。
「もうすぐ字綴りを始めるから、囃子も聞こえてくるはずだ」
彼の言う通り、ユウが耳を澄ますと、どこからか笛や太鼓の音が響いてくる。
「お前は、俺が今から言うことを真似て言ってくれ」