その光は眩しすぎた。どうしても。
 彼は飢えていた。自ら望んでそうしていた。吸血は忌避すべき行為だった。欲望に身を任せて血を啜ることの何とおぞましいことか。自身が鳴り果てた怪物の輪郭がはっきりする。醜く、あさましい、鬼。
 閉じ切ったドアをこじ開けてくるものが一人いた。そんなことが許されるのはそいつ以外ありえなかった。石動或人。いまの彼の血盟で、まっすぐな青年だった。ひねて拗ねた彼とは正反対の性格をしていた。だからこそ遠ざけたかった。
 甘い香りがしていた。もう三日も血を吸っていなかった。石動の首筋に視線がいきそうになる。手首に目が吸い寄せられる。血管が浮き上がって、彼を誘っているようだった。そんな錯覚を抱いてしまうほど、今の彼は餓えていた。
 けれどそれは許されないことだった。少なくとも彼にとってはそうだった。ぎらつく瞳でそいつを見据えながら、「かえれ」とだけようやく口にした。
「帰らねーよ」
 そいつは笑った。からりと、何も考えていないような風情で。その笑顔に腹が立った。頭に血が上る。赤い、視界が、チカチカする。
「帰れ、俺は、お前の血を吸わない」
 喉が鳴った。自覚はしていた。宣言したことでより一層、その味を思い出してしまった。世界が回る。ぐらぐら、揺れる。目の前の男が歪む。赤く、黒く、また赤く。
「なーんでそんなワガママ言うかなぁ」
 理由など問うていない言葉だった。そいつはやはり笑っていた。一歩、二歩。そいつは寄ってくる。距離を縮めてくる。逃げることなど許さないと言うように。
「俺は、飢えて死ぬならそれでいんだよ」
「俺と組んだせいで二人死んだ。お前で三人目になる。俺一人毎回生き延びる。梨花を、みんなを殺した化け物とおんなじになって、生きる意味なんてどこにもない」
「お前は生きるべきだ」
「死んでほしくないんだよ、だから」
「死神——俺——こそが死ぬべきだ」
 喉が、乾く。カラカラに干からびてゆく。身体中の水分が失われつつあるような感覚。甘い香りが、する。
 暫しの沈黙があった。精一杯難しい顔をしようとして顰められた眉が、しかし力を無くして下がる。
「むじーこと言うのやめね?」
 そちつは、軽い仕草でナイフを取り出した。親指にぐいと押しつけて引く。じわりと滲んだ血が、丸い粒を作る。芳しい血の香りが部屋に満ちた。
 目が離せない。身動きが取れない。少しでも身じろぎをすれば、そのまま襲いかかってしまいそうだった。それだけはしてはいけないことだった。身を強ばらせて、そいつの一挙一動を見守るしかできない。
 そいつは、ナイフを置いてツカツカと歩み寄ってきた。頰を無理やり掴んで口をこじ開ける。そのまま親指を、彼の口中に突っ込んだ。
 反射でえづきそうになって、それ以上の歓喜が脳内に弾けた。甘露が口中に満ちる。夢中で舐めとって、啜って、吸い尽くして——、そう誘惑してくる香りが脳髄に直で流し込まれる。
「オレちゃんはそう簡単に死なねーよ」
 何も言えない彼に向かって、彼はそう宣言した。明日の夕飯を告げるような気楽さで、生涯を共にする伴侶に告げるような瞳をして。
「ほーら、もう切ったから観念しろ。飯は生きることの基本だぞ」
 そいつは笑う。だから吸えと。命をつなげと。彼に告げる。
「オレちゃんにお前のいのちを削らせんといてくれる?」
 なんでもないような顔をして、瞳は強くまっすぐに。この瞳が嫌いだった。すべてを見透かすような、強く光を宿した目。
「なに、オレちゃんが簡単に死ぬと思ってんの?オレ頑丈よ?知ってんだろ、オレサマちゃんが見たくねーからってオレのことまで甘く見てんなよ」
 そいつは笑う。強く笑う。明るく笑う。
 眩しすぎる。その光に救われてしまうから。
 彼はそいつのことが、きっと嫌いだ
カット
Latest / 40:45
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
初公開日: 2021年07月28日
最終更新日: 2021年07月27日
ブックマーク
スキ!
コメント
【曦澄】そうならそうと言ってくれ!
江晩吟への3つの恋のお題:一人で舞い上がってバカみたいだ/ただ傍に居てくれたらそれだけで良かった/は…
まぐ
twst夢 シリーズ物の番外
pixivのシリーズ物番外、以前から言っていた🦁先輩のくにほろぼしのデータが飛んだので書き直します…
みつき
kngn二次創作「陽炎稲妻水の月」
※114話後編(6/24先読み分)に関わる描写がある
西堂