「あー、この書類はね、もう最初っからカルエゴ先生のところに持ってって大丈夫だから。じゃあそういうことで、カルエゴ先生によろしくって言っておいて!」
 そう言って無慈悲にもガラガラと閉められる扉。本来、提出先であるはずのダリ先生のニコニコとした胡散臭い笑顔が引き戸に吸い込まれて消えていく。私はダリ先生に渡すはずだった書類を手に呆然とその場に立ち尽くしていた。
 カルエゴ先生って、あの?厳粛でいっつも怖い顔をしていて近寄りがたい雰囲気しかない、アブノーマルクラスの担任の、あのカルエゴ先生?そのひとのところに、きっと恐らくはダリ先生の仕事であろうこの書類を持って行けと、そういうことなんですか?
 思わずへたりこんで深く深く、それは深くため息を吐いてから、こうしてここでぼうっとしていても仕方がない、と気持ちを切り替えて立ち上がった。立ち直りの早さには定評があるわたしである。へたりこんだことでちょっとだけ埃のついた制服のスカートを払って、よし、と気合を入れてから歩き出す。目指すはカルエゴ先生の担当教室。どうせ嫌な仕事なら、さっさと終わらせるに限る。きっとカルエゴ先生のことだ、心底嫌そうな顔をしてもきっと書類は受け取ってくれて、その後の苦情なりなんなりはわたしじゃなくてきちんとダリ先生に言ってくれるはず。わたしの仕事は、ダリ先生からカルエゴ先生に書類を届ける伝書悪魔みたいなものなんだから。
「ああ。そういえば、随分と師団での調子が良いらしいな。師団ばかりにかまけて成績を落としているわけでも無し、そのまま両立して頑張ると良い」
 だから、まさかそんなことを言ってもらえるだなんて夢にも思っていなかったから、ちょっとびっくりしてしまったのだ。
 案の定、わたしが「ダリ先生から直接カルエゴ先生に渡してほしいと言われました」と言って差し出した書類を心底嫌そうな顔で受け取ったカルエゴ先生は、わたしには特に八つ当たりをすることもなく「……たしかに受け取った」とだけ返した。わたしとしては、それでこのやり取りは終わりのつもりだったから、さっさと退室しようとしたのだけれど、それをカルエゴ先生が呼び止めた。
「あ、……りがとう、ございます。カルエゴ先生にそう言っていただけると、より一層頑張れそうです」
「そうか。それは良かった」
 全く良くはなさそうないつものしかめっ面でカルエゴ先生はそう言った。わたしはなんだかぼんやりとした心地のまま、けれどもきっとこのままこの場に留まっても自分が気の利いた会話を続けることが出来ないと分かっていたから、失礼しますとだけ言って扉を閉めた。
 扉を閉めて、なんだかやっと重力を取り戻したみたいにどっと肩に力がかかるのを感じながら息を吐く。まさか、まさかカルエゴ先生に認識されてるとは思わなかった。だってカルエゴ先生はあの問題だらけのアブノーマルクラスの担任で、きっと他のクラスのことなんて気に留める余裕も無くて、だから他のクラスで特に目立ったこともない地味なわたしのことなんて名前すらあやふやなものだと思っていた。それが、本当のところは名前を覚えていたどころかどの師団に所属していてどのくらいの成績なのかまで把握されてただなんて。それに、それを褒めてもらえるだなんて。
 ……うれしい。胸のあたりがぎゅーっと締め付けられたみたいになって、じわじわとした熱が上がってくるのがよく分かった。別に誰かに評価してもらいたくて特別頑張っていたわけじゃないけど、それが誰かに届いて評価してもらえるっていうのはただただうれしかった。それも、それもまったく接点がないようなひとに。
 どうしてカルエゴ先生はわたしのことを覚えていてくれたんだろう。思春期のバカみたいな思考が暴走しているのが自分でもわかった。わかったけれど止められない。どうしてカルエゴ先生は、地味で目立ちもしない、他のクラスの生徒であるわたしのことを、全く接点のないわたしのことを見ててくれたんだろう。それって、特別扱いってヤツだったりするんじゃないのかな。
 そう考えたとき、自分の鼓動が面白いくらいに跳ねたのを感じた。このまま心臓が肌を突き破って飛び出してきちゃうんじゃないかってくらい、激しく。意味もなくセーラーの襟を立てて、自分の顔を少しでも隠そうと覆った。きっと見るに堪えないくらい真っ赤になっているだろうから。
「……もっと頑張ったら、カルエゴ先生はもっとわたしのことを見てくれるのかな」
 ぽつりと呟いてから、その内容があまりにもバカバカしすぎてちょっとだけ笑った。一人で笑ってるところなんて見られたらおかしな子だと思われちゃうから、こっそり、ちょっとだけ。
 きっとカルエゴ先生は優秀な先生だから、自分が持っていないクラスの子たちのこともちゃんと把握していたってだけの話で、わたしだけ特別扱いだとかそんなバカなことはないはずだ。彼にとっては当たり前のことで、きっと自分がああ言ったことでこんなに心を乱される子供がいるだなんてことも考えてすらいないんだろうと思う。
 それでも。それでも、ちょっとくらい。思春期という体のいい言い訳に身を任せて、ちょっとくらい夢を見ても多分、バチは当たらない。もう一度彼に褒めてもらえたらだなんてささやかな願いを持つことくらい、誰にも怒られないはずなのだ。
カット
Latest / 38:16
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
カルイルの夢小説書く
初公開日: 2021年07月10日
最終更新日: 2021年07月10日
ブックマーク
スキ!
コメント
カルイルの夢小説書きます おわり