第一章 ヤケ酒と道案内
「なんか今日変じゃないか?」
もはや恒例となった、一海円の化け物退治護衛活動後、帰りの車の中。神山隆二は一日感じていた違和感を後部座席から運転席にぶつけた。
まあ、いつもどおり豪快極まる化け物退治っぷりで、いつもどおりといえばいつもどおりなんだが、なんとなく、違和感がある。なんとなく。
比較的軽い気持ちで聞いてみたら、バックミラー越しに円が一瞬キッと睨むような顔をしたのが見えた。
「あ、いや、言いたくないなら別にいい」
その顔に聞かなきゃ良かったな、と速攻後悔してそう続けた。あ、そう、みたいな言葉が返ってくるかと思ったが、円の反応は思ってたのと違っていた。
一つ、軽くため息のような息を吐くと、
「あなたって、本当……ひとでなしきどってるくせに」
ひとでなしきどってるってなんだよ。
「妙に人の感情に鋭いところあるわよね」
えらく苦々しく、呟かれる。
「いや、だから、言いたくないならいいって。そんな興味もないし」
「はぁ? 気づいたんなら、ちょっと付き合いなさいよ」
そう言った円は獲物を見つけた猫のように笑って、ああ、本当に失敗したなぁ、と隆二は後悔した。
「あー、つまり、お家事情で恋人と別れてむしゃくしゃしてると」
「簡単にまとめたわね、そうだけど」
せっせと肉を焼きながら、円が頷く。そうなんじゃん。
「はー、なるほどね」
なんて返したもんかなと思いながら、「食べなくていいからとか言わないで、今日ぐらいちゃんと付き合いなさいよ!」と皿にのせられた肉を咀嚼する。
しかし、焼肉屋に来たのは初めてだが、きっとこれ、よいお肉なんだろうなぁ。
「……美味しい」
味に興味がない自分でも、美味しいって思うぐらいだし。
「元気がない時は肉よね!」
毎度の事ながら、どうにも脳筋あふれることを言う。とはいえまあ、いつもよりは空元気っぽいよなーとも思うわけで。
ああ、この人の通常と例外がわかるぐらいには、自分はこの人との付き合いが長いんだなーと改めて思った。世界を守って、大切な人の元に帰るための、相棒。
自分がまた、こんな風に人と深くかかわることになるなんて、数年前には考えられなかったことだ。しかも失恋の愚痴を聞くために、焼肉屋にいるとか。
「しかし、意外というか……あんたなら、強引にどうにかするかと思ってた」
敵対関係にある家柄の息子と裏では交際してて、この先のことを全く考えていなかったとは思えない。例え、相手の父親が急逝し、息子が思ってたより早く跡を継ぐことになったとしても、「はい、そうですか」と素直に別れるタイプだとは思えなかった。
「まー、そうね。そういう意味では、私も翔くんも、家が大事過ぎたっていうか。無茶するほどの、度胸はなかったっていうか」
「ふーん」
はるか昔に家族に捨てられ、家族を捨てた隆二にはピンとは来ないが、お祓い一族の跡取り娘としての責任感が強いこの人には、なんかあるのだろう。
「子ども、産めないしねー。となると、まあ、さすがに巽に気を使うし」
「あー」
その状況で生まれた子ども、大変そうだし。
「だからまあ、割り切ってはいるの。いたつもりなの。神山さんに見透かされたの不覚」
苦々しい口調に、曖昧な笑みで返す。
「それとも、自分で割り切ったくせに女々しいとか思ってる?」
「いや別に」
それには即答した。そんな考えはなかったから。それに、
「別にって言うか……あんた、俺が何十年と引きずってたの知ってるだろ?」
自分から逃げ出したくせに、愛した人間のことが忘れられず、結局相手を亡くなってからもかなり待たせてしまった。あの一件については、円も知っているはずだ。ってか、護衛の仕事を頼んでくる時に勝手に調べてた。いいけどさ、別に。
「確かに」
円は少しだけ悼むような顔をして、笑った。
「肉、焦げるぞ」
ふっと視線をそらし、網の上を指摘する。
「あ、大変」
いつもどおりの口調で円が言い、肉に向き直る。
そのまま食と酒が進む。車はいいのかと尋ねたら、従弟がほどよい時間に迎えに来るとのことだった。後ろが決まっているのなら、まあそれまでは付き合ってやってもいいだろう。
「ところであなた、真緒ちゃんに例の件話したの? 黒幕に心当たりがある件」
ふと思い出したかのように円が言う。
後回しにしてたことを言われ、ちょっと苦い気持ちになる。
「あー、いや、話すつもりはあるんだが」
この一連の化け物退治業務、隆二と同居人を作った研究所の人間が絡んでいそうなことは分かった。あれから、まあまあの時間が経っている。
「なんか、なんで今更言うの?! とか言われそうだなって」
「早く言えばよかったのに」
隆二の返答に、呆れた、と円が呟いた。まったく、おっしゃるとおりで。
前回、真緒に隠し事をしてめちゃくちゃ怒られたにもかかわらず、大事なことを後回しにするくせは、なかなか治らない。しょうがないだろ、百年も生きてれば今更変えられないし。などと自分に言い訳をした。
そのままダラダラと焼肉会は続き、デザートのアイスを食べたころには、円はだいぶできあがっていた。
「もうさー、これで絶対結婚できないって感じよねー」
知らん。
「あー、もう、あんたの酔いは急にくるなぁ」
平気そうな顔をしてガバガバ飲むから付き合ってたが、突然めそめそしだした。くそ、もっとはやくに止めとけばよかった。
めんどくさいなー、どうしようかなーと思っていると、
「神山さん」
助け舟がやってきた。
「待ってた」
後にも先にもこの男の存在にこんなに感謝することはないだろう。いや、そう言えば前も迎えに来てもらったけ? まあ、細かいことはどうでもいい。
円を迎えに来た、一海直純に半分寝そうになっている女を指さす。
「頼んだ」
「うわ、珍しいな、ここまでなんて」
直純は一つため息をつくと、手際よく会計を済ませ、円を立たせると外に連れ出す。さすがにちょっと手伝った。
「神山さん、今日はありがとうございました」
円を車に放り込むと、直純が頭を下げる。
「多分、俺には言えない愚痴も神山さんになら言えたと思うので」
「そうかねぇ……」
ぶっちゃけあんまりちゃんと聞いてなかったけど。
「ここまで酔ってるのが証拠かなと」
直純は苦笑し、ありがとうございましたとまた頭を下げると、運転席に乗り込み、去っていった。
それを見送り、
「さて……」
隆二は天を仰ぐ。
ここ、どこだ?
ここまでは車で来たしで、ここがどこなのかわからない。今夜泊まる予定だったホテルもどこなのか。
感謝するなら自分も車に乗せてほしかったが、なんとなく言い出せなかった。一海円が頼りにならない状態で、あの男の車に乗るほど、自分は一海直純を信じていない。それは向こうも同じだろう。
円に捕まった段階で、真緒は沙耶の家に泊まることになっている。だから、今日は同居人の心配をする必要は無いし、どっかで時間潰して、明日また円に連絡するでもいいけど。
などと思いながら、なんとなく歩いていると、
「あ」
正面から見たことある人が歩いてきた。こちらが気づいて、片手をあげると、向こうは、
「こんなところでなにをっ」
キツめの声で言いかけ、
「してるんですか」
慌てたように少し穏やかに言い直した。
相変わらず切れ味の良い、噂の一海円の元彼こと巽翔に苦笑する。
化け物である自分のことを警戒し、一ミリも隠そうとしないその姿勢は、最近見るのが楽しい。
「今、問い詰める気だったろ? 別に無理して丁寧に喋らなくても」
「いえ、まど……一海のお客様なので」
「距離感下手くそか」
ああ、こいつも一海円との繋がりを切ろうとしているんだなと、少し寂しくもなる。
「何をしてるんですか?」
「見て分からないか?」
「途方に暮れてる変人にしか見えませんが」
「客への対応どうした。まあ、正解だよ。宿の場所がわからん」
「馬鹿なんですか?」
心底呆れたような声に、思わず少し笑う。
「割とな。円さんのヤケ酒に付き合わされて、置いてかれた」
「……ああ」
少し目を伏せて翔は呟き、
「泊まるとこ、どこですか? 案内します」
「え、いいよ、気味悪い」
「気味悪いってなんですか」
「あんたに親切にされる理由がない」
本気で引きながら言うと、
「円さんのヤケ酒に付き合った結果なら、僕にも責任はあるので」
「……あー、なるほど」
変なプライドが垣間見えて、素直に世話になることにする。
っていうか、円がヤケ酒するなら自分との破局が原因だって決めつけてるんだな、自信があるな、なんてことも思う。
ホテルの名前を告げると、地図を検索して翔は歩き出した。
しばらく無言で歩いていたが、
「聞いたんですね」
ぽつんと、言葉を落とすように翔が言う。
「ああ」
「愚かだと思ってますか?」
その質問に思わず笑う。
愚かだと思っているのは、俺でなくてあんた自身だろ。第一、こっちは、
「そんなにあんたらに興味無い」
「なるほど」
冷たく投げた言葉に、翔が小さい頷いた。
「それは、そうですよね」
「まあ、物分り良すぎて気持ち悪いなと思ったけど……」
正直なところ、がっかりした部分はある。うちのビジネスパートナーはもっと気骨があると思ってた。
とはいえ、この気持ちは、
「これ多分、あんたらが不愉快なんじゃなくて、思い出して不愉快なだけだから」
どれだけ逃げようと言葉をかけても、一条を捨てられないと断り続けた彼女のことを思い出す。
多分、だからこんなにむしゃくしゃするのだ。
「信じるものがある人間にかける言葉なんてない」
家に捨てられ、家を捨てた自分には、家をそこまで大切に思う人間の気持ちがわからない。
「信じるというより、守りたいだけですよ」
「家を?」
「家も家族も、そこにある色々を」
「さっぱり分からん」
「あなたは単純だから」
お、なんだ、いきなり悪口か?
「軽蔑してるわけではありません。あなたの守りたいものがシンプルだから、わからないだけですよ」
すっと真っ直ぐな目がこちらを見下ろす。
「あるでしょう、守りたいもの」
ああ、困った。あるのだ。あるから、そう言われてしまうと、わからないでもない。
「なるほど、守りたいものが複数あると大変だってことか」
「そんなとこですね」
などと言っている間に駅前までくる。
「あそこですね」
翔が指さした先には、確かに知っているホテルの名前があった。
「ああ、ありがとう」
「いいえ」
翔は珍しく、少し悩むような顔をしてから、
「困っていたとはいえ、僕に今日の宿泊先を教えて良かったんですか? そんなに僕のことを信用してはいないでしょう?」
「そりゃあお互いさまだろ」
確かに普段なら伝えたりしなかっただろう。でも、今日は別だ。これまでの話を踏まえるなら、
「守りたいものが今日はここにはないんだ。俺だけならどうとでもなる」
巽翔が自分を倒そうとするのなら、返り討ちにしてくれよう。
「なるほど」
翔は少しだけ苦笑すると、
「参考になりました」
「なんの」
「自分より強いひととの付き合い方です」
そうして、次の瞬間には、それじゃあと背中を向けて歩き出した。
マイペースで変なやつだ。でも、悪いやつではなかった。そう思うと、
「やっぱり残念は残念だよなぁ」
あの二人が別れたことに、思いがけずショックを受けている自分を認識しながらも、宿へ向かった。