頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。
今回のはじめのキーワードは「宝石」。
宝石と普通の石の違いって何なのでしょうか。ただの石ころとそうでないモノを分ける要素とは? 希少性でしょうか。それとも見た目の美しさ?
大して綺麗でもない宝石もあるし、宝石のようにきらきらして見えるただの石ころもある。私には何もわからない。
変な話、宝石よりも魅力的に思えるただの石ころもある。同時に、石ころにしか見えない宝石も。何を以って我々は宝石を宝石としているのか。宝石と定義されることで初めて価値を持つ石もあるのではないか。つまり、価値ある石が宝石とされたのではなく、価値を与えるために宝石と名付けられたものが。
宝石も原石のままではたいしたことはない。その価値を引き出すために、適切な処理が必要となる。
なんだってそうだ。「ただそのまま、あるがまま」で美しいと言ってもらえるものが、はたしてどれだけあるのだろうか。人間だってそうだよ。ちゃんと磨かなきゃいけないんだ。自分磨きってのはバカにされるようなことではなくて、本来は非常に高い向上心に基づいた行動なのではないか。
しかし問題になるのが自分を磨いた後の話で、そうして高めた価値をどこで使うのか。これがわかってないのに自分磨きなんてしても意味がない。さりとて、自分磨きをまったくしないよりはまだマシだろうか。わからない。
もうちょっと己を鍛えなければいけない。とは、わかってはいるのだが、どうにも気力がわかない。いいからやるんだよ、と俺に言い放つ俺がいる。でもやらない。できない。なぜ?
人並みに仕事をこなして、人並みに稼いでいる。しかし人生における気力がない。自分の人生をちゃんと真っ当に全うしてやろうという気概に欠けている。おかげで休日は泥のように過ごす日々。働いて稼いだ金をきちんと使わなければいけないのに、俺はなにもできていやしない。
何かしなければ。焦燥感。とにかく何かをしなければいけない。それが何なのかはわからない。だからいつも現実逃避。これだってそうだ。ただ無心でキーボードを叩く。殴る。その果てに何があるのか? 真っ当な理由も無い行為。なんのためにやっているのか、それさえもはっきりしないまま。
あるいは、それを探したいのかもしれない。俺は。たぶん、きっとそうだ。
こうやって文字をつらつらと重ねていく中で、何か見えてくるものもあるのだろうか。あればいいな。わからないけど。
そう。わからない。何も。何一つ。おれは何をすべきなのか? おれは何がしたいのか? もっと真っ当に、人生に対して、己の人生に対して、真面目になるべきだったのではないか、そんな今更な後悔。気付けばもう若くない。三十路は目前に迫っている。アラサーだよハハハなんて笑って言えていたことが、いつしか笑い飛ばせない重さを伴うようになる。本当におれはこれでいいのか。もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか。
野心。野心が足りない。こうしたい、こうなりたいという理想がない。だからだめなんだよオレは。目指すべきところが定まれば、そこに向かって走り出す気力も湧いて出てくるのだろうか。
さしあたっては、もしも俺の体に、活力というものが湧き出てきたのであれば、そのときはまず、断捨離でもしてみたいものだ。それから、きちんと走り出したい。
まっとうな人生を、まっとうな人間として。
できるのかどうかは、この際さておく。