少年らしさを無くしてゆく
きずついた指先をたどる
風をうつくしいと思った
言葉をいくら連ねても
癒すことなんてできない
指先を重ねて祈るだけ
わたしにはそれだけ
それでも日々はわたしをおきざりにする
日が昇って傾いて季節がめぐってめぐって
なのに昨日はわたしの袖を引っぱる
振り返ったら目が合う
後悔を口にしたあの日のわたしと
毎日変わってゆくその小さな変化を
見逃さない そのかわりに
いつまでも出会えない時間が
変化を受け入れられない固執にかわってゆく
それでも日々はわたしの背中を押す
雨が降ってやんで季節がめぐってめぐって
だから昨日はわたしの足跡になる
歯を食いしばって前を向ける
日々がうつくしいと思える瞬間を
飛び上がってつかまえてそれから
夜を追いかけて朝を迎えにゆく
生きているあゆみを止めることのないように
まだ見えない明日に向かって
知らないきみに成長してゆく
それが怖くないなんて言えないけど
うつくしいと思うよ
20210704 うつくしい朝
お題「幸せになって、なんて嘘だよ」
夜に滲む肌を辿るとき言葉は真実を孕んでいるか
瞳は、その指先は
至って目線を遮る髪まで疑い始める愚かな男
唇はひとつの接点を生む掌は接点の面積を広げる
そうして唐突に、言葉はあなたを突き放すのだ
なぜ涙が流れるのかなど答えは見つからないのでしょう
冷静な思考を奪った上で嘘をつきます
さようならと愛しているを同じ唇から零していることを
どうか今は知らないで
夜が明けてまた巡る時の中でいつか
あなたは私のほんの小さな策を知るでしょう
どうか幸せになってと呟いて今夜だけは蕩けよう
真実を失った言葉はこの身に捧ぐ最後の祝祷
聡いあなたの瞼にキスをして蓋をする
朝になれば睦言も絡む腕も夢と諦められるだろう
20210707 愛は嘘の味を憶え
朝日の中にある頬にわずかに残る涙の道筋が
何処へ向かうのか
思考を投げ捨て無防備を晒す浅はかな男
唇はひとつの接点を生む掌は接点の面積を広げる
その熱が、いかなる理論も越えてあなたを立証する
言い訳じみた離別のお膳立てを受け取るつもりはない
都合のいい所まで芝居に踊らされるふりをして
沈黙にあえぐ唇から溢れ出る想いを情熱をどうして
撥ね退けることが出来ようか
夜はいつまでも明けることはない、この腕の中で
あなたは私のほんの小さな策を知るだろう
彼方で幸せになるくらいなら此処で懺悔を
嘘も何もかも喰らい尽くしてその心を奪い去りたい
聡いあなたの瞼にキスをして開くのを待つ
目覚めたとき望む幕間は訪れないことを伝えよう
20210707 嘘は愛の影を刻む
お題「幸せになって、なんて嘘だよ」
遺った言葉はこの身体を縛らなかった
ひとつの個としておれはどこまでも自由だ
それは優しさなのか 残酷なことなのか
いつになっても解らない
たとえば、いま生きているこの熱を
解放してやることが優しさなのだとしたら
きっとこの手は非道なのだろう
失いたくないのは ただ我儘なのだから
「ありゃあ、嘘だよ」
低い声でビクトールが呟いた。どこで聞きつけたのか、何の話をしているのかは明白だった。ただ、その話題を持ち出したのが情事の後で、シーツの上で熱を持て余しているところだったのはフリックにとって違和感だった。
「野暮な男だな」
気怠い身体を動かせないまま目線を男にやると、黒い瞳は伏せられて鼻の鳴る音がした。皮肉めいた笑いは、果たしてどこに向けられたものだろうか。
眼を閉じたまま、ビクトールの身体がのしかかってきた。抱きしめられるというより押しつぶされるような抱擁に答えると、熱い肌の感覚にフリックは小さく息を吐いた。汗ばんだ己の肌は、既に冷め始めている。
「おれはあいつと同じ土俵には立てねぇが、負ける気もねえ」
「何を言ってる……」
断片的な言葉にうまく動かない思考を巡らせるが、答えにはたどり着かない。無意識にぬくもりを求めて太腿を摺り寄せると、ビクトールの唇が鎖骨に落ちた。
「おまえが幸せになるときに、おれが傍にいなきゃ、おれは嫌だね」
言葉の意味を考える前に、唇を塞がれた。フリックは眼を開いたままそれを受け入れ、黒い前髪と睫毛が揺れるさまを覗き見た。眉が、ほんの少しだけ寄っているような気がするのは、気のせいだろうかと考えながら。
「おまえなんか、不幸になっちまえ」
穏やかなキスを繰り返しながら、ビクトールは不機嫌な子供のように呟く。口に直接放り込まれるその言葉は意味に反して甘い、とフリックは思った。柔らかな唇の感触を求めて何度も触れ合い、離れ、また重なる。
込み上げる可笑しさに、フリックは目を細めて小さく笑った。
「張り合うなよ、ばか」
胸に去来するこの感情にどんな名が付くのか、微睡むフリックの頭には見当もつかなかった。
ただ、夜にあって唯一この視界を占めるのはこの男だけだということを、ぼんやりと思った。
20210708 さしだすことば
草いきれにも似たうつくしいかおりがする
戦場を駆けるその姿にすべてを奪われて
叫び出しそうな身体を押さえつけて立っていた
世界はいま夜明けだった
この身を育んだ大地の鳴らす芽吹きの喜び
風が運んできた見たこともない情景が
対峙しうたを歌っている
交わることのない舞台の上
壇上で向かい合った役者は役割を果たす
覗き見た項 ほんの少し近づく息遣い
台詞に紛れて心臓を捧げた
朗々と
「 」
言葉が砕けて幕をきらめかせる瞬間
後悔は瞼をさえぎり幕間のとき
ああ交わらぬ舞台はこのまま過ぎ去り
夢だったと笑うことしかできぬ役者が降りる
草いきれにも似たうつくしいかおりがした
戦場を駆けるその姿にすべてを奪われて
ただ沸き起こる衝動に立ち尽くす
世界はあのとき生まれ変わったのに
辿り着けない終幕のひとことを残したまま
滲む貴女のひとつの傷にすらなれないのか
20210708 戯曲
猫叉Master「Scar in the Earth」
数えきれない夜
数えきれない夜の果て
爪先は苔を蹴って
森にワルツを飾った
額縁に入るような古い詩
数えきれない夜
数えきれない夜を数え
年月を握りしめて
街道を靴底で削った
針の穴の先にある伝説
再会は珍しいものではなく
ひとつの香りのようなものだった
はずなのに
染み入る水を想い出す
決して騒めいてはならない水面
再会は奇跡のようであり
ひとつの雷撃に等しいものだった
はずなのに
小さく白い指先が目の前に
決して交わってはならない時間
そして再び訪れるであろう
温度に安堵して恐怖する
言葉で覆い隠さなければ
覆い隠さなければ
そして再び訪れるであろう
不意打ちに今度は騙されない
手を取るのだ二度と離さない
これはおれのものだ!
幸せになって、なんて嘘だよ
そもそも言葉すら碌に交わしてこなかった
時間に支配されたわたしの靴底が薄い
冗談めいた上っ面を滑って転ぶだけ
貴女はそれを笑うだけ
幸せになって、なんて嘘だよ
感情なんてものにどうか名前を付けないで
ただ暗い森でいつまでもワルツを踊っている
おとぎ話のわたしだけを飾っておいて
その胸に残しておいて
20210712 エル・オー・ディー
青野りえ「garden」