『玉鋼』
「なんだ、これ」
 部屋の片隅、窓枠に見慣れぬ石が落ちていた。それだけでも不思議な光景だが、その石はマイクロトフの掌程もある大きなものだった。拾い上げると、ずしりと重い。全体は鈍い鉄のような色をしているが、陽の光を浴びて所々が緋色にも藍色にも見える輝きを発していた。
「貰い物」
 紅茶を啜りながらカミューが短く返した。伏せられた眼はマイクロトフが手にした物を見ることもなく、優雅に休息を満喫している。答えとしては正しいのだろうが、情報の少なさにマイクロトフは眉を顰めた。黙って待ってみても、カミューの唇から続く言葉は無い。
「お前みたいだろ」
 返答を諦めかけた時、カミューがぽつりと呟いた。
「俺?」
「そう」
「どうしてだ?」
「そのままだ」
「ていうかこれ、何なんだ?」
「ふふ」
 繋がることのない言葉遊びに付き合わされているような気がして、マイクロトフは増々眉間に皴を寄せることになった。対するカミューはすこぶる楽しそうで、唇も瞳も美しい弧を描いている。
 ふと、その表情が、自分を揶揄って楽しんでいるだけではないことに、マイクロトフは気が付いた。
 穏やかに、懐かしいものを見るように、カミューは微笑んでいる。
「カミュー」
「なんだい? マイクロトフ」
「あのなあ」
 諫めるように名を呼んでも、帰ってくるのは上機嫌な顔だけで、問答は問答として成立もしない。マイクロトフは大袈裟に肩を竦め、諦めたとカミューに主張した。もとあった場所に石を戻す。僅かな傾きで表情を変える光が、マイクロトフの瞳を掠めた。瞬間、虹色が視界を通り過ぎる。顔に反射する光に眼を細め、眼球の奥に焼き付くような光が抜けきらないまま、振り向いた。
「俺は、お前のように見える」
 カミューに向き直って、マイクロトフは声を潜めるように言った。どうして声を落とす必要があったのか、自分でも把握できないでいた。ただ、熱で固められたような細かい凹凸のある石の、美しい緋色のひとかけらと鈍色の肌が。清濁併せ呑むようと言ってしまえば聞こえが良すぎる、熱も冷たさも含みすぎて、気を抜けば弾けてしまいそうな危うさを持っているように見えたのだ。
 カミューの瞳が一瞬、ほんの僅かに見開かれた。すぐに、心情を悟られまいとするかのように静かに伏せられる。琥珀色の瞳が隠れ、流れるように指先が動いた。カップを手に取り静かに傾けるその仕草は、表面だけを見れば沈着冷静な赤騎士団長、普段と変わらない姿に見える。
 けれど、マイクロトフの心中に思い起こされた光景は、あの時、息苦しいあの城の中で、エンブレムが二つ、地に落ちた瞬間だった。
 ああ、あの石は、あの時の彼に似ているような気がするのだ。
「……そう」
 紅茶を飲み、返答を口にするまで、カミューの表情は変わらず笑みを浮かべていた。が、言葉を落とした瞬間、何かが崩れたように表情が歪んだ。眼から穏やかさは消え、ほんの少しだけ唇が引き結ばれる。
「そう、見える」
 ため息と共に吐き出された言葉を自ら顧みるように、瞳は白磁のカップを映していた。もう一度ゆっくりと息を吸い、吐いてから、カミューはマイクロトフに目線を向けた。
 そして、困ったように笑った。
「お前には、かなわないな」
 彼がどうしてそんな表情で、そんな言葉を紡ぐのか、マイクロトフに明確な答えは見つからない。けれど、今彼とは同じ情景を見ている。息苦しさの先、共に己を投げ捨てたあの瞬間を。何故か確信があった。
 そして、己の視界には彼が、彼の視界にはおそらく己が鮮明に焼き付いているのだろう。この先いくら時が経ち、何を見て、何を成し遂げても。
 無骨な石が放った光の礫が、眼の奥に残っているような錯覚を覚える。
「どういう意味だ」
 明確に言葉にするのが難しい感情を胸に抱くのは、どことなく心地の良いものではないとマイクロトフは思った。だからこそカミューに言葉をせがむが、結局は得られないことも薄々勘づいていた。
 カミューはそういう男だと、知っているからだ。
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220303マチルダ『玉鋼』
初公開日: 2022年03月31日
最終更新日: 2022年03月07日
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ちきちもの日でなにか書きたい(まだ思いついてない)
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