沙都子に誕生日プレゼントを渡そうとする北条鉄平のお話
 北条鉄平は珍しく煩悶していた。彼の人生の中でも稀にみるほど悩み、首を捻り……時には諦めかけながらもあるものを探していた。彼の薄い経験に即して例えるのであれば、賭け麻雀であまり良くない手が来た時にどの手を作るか、またはいい手が来た時に何を切るかを迷っているときと同じくらい真剣に考えを巡らせている。
 その姿は例えば……盛り場や雀荘であれば違和感なく受け入れられるものだっただろう。眉間には皺が寄り、目が合ったら因縁を付けられていると勘違いされても仕方のない表情だ。事実、鉄平の周囲からは人がすっかりいなくなっている。よく見れば、小さな店からは潮が引くように人が消えてしまった。
 ここはファンシーショップなのだ。場違いにもほどががある。ぬいぐるみだのキーホルダーだの、鉄平にはよく分からない品物がずらりと並んでいて鉄平の目はちかちかした。あらかじめリナに小学生女子が好きそうな品物を聞いてきたが、こうも所狭しと品物を置かれてはなんとなく圧倒され、決めあぐねてしまう。
「……ちょっと、いいんね」
 鉄平は――自分の主観では――恥を忍んで店長に声をかけた。店長からするとこのあたりでも有名な荒くれ者に声をかけられたわけで、彼の眉間には深い皺が刻まれた。
「……なんだい。……こんな店、出す金なんかねえよ」
「……違うんね。……その、小学生くらいの女の子が好きな……誕生日プレゼントに良い品物はあるんね?」
 店長は怪訝な顔を崩さない。
「……あんたまさか、子供を使ったヤバいシノギに手を出そうとしてるんじゃ……」
「……ああもう……やっぱりええんね」
 困ったような表情の鉄平が踵を返しかけたとき、ふと店長が素っ頓狂な声を上げた。
「あんたまさか、沙都子ちゃんのために……」
「なんね。……沙都子のこと、知っとるんかいな」
 店長は苦笑する。
「……このあたりの店で、あんたと沙都子ちゃんを知らない人間はいないだろうよ。沙都子ちゃんはね、たしか部活仲間ってやつと一緒に良く来て……大会を荒らしていったりしているんだよ。それはもうトラップが上手で……言ってみればイカサマなんだけどね。麻雀なんかじゃ、積み込み、すり替え、燕返し……なんでもありだよ」
「沙都子が……そんなに麻雀をするんか」
 鉄平はしばし絶句した。自分は沙都子と暮らしていたのに何も知らない。……いっそのこと、誕生日プレゼントも新しい麻雀牌のほうが良いのではないだろうかと鉄平は安易に思ってしまう。
「……おっと、あんた誕生日プレゼントに麻雀牌をあげようなんて思っちゃいないだろうな?」
 流石にそれはやめときなよと店長が苦笑した。いつの間にか空気が変わり、その顔には親身な表情が浮かんでいる。
「……噂には聞いていたが、あんた、ちょっと変わったな」
「……なんね。もうしゃらくさい」
「いやね。沙都子ちゃんへの誕生日プレゼントなら……ぬいぐるみがいいんじゃないかな」
 店長は手に持ったハタキをやる気なさげに動かしながら、鉄平から少し目をそらして言った。
「沙都子ちゃんはぬいぐるみが好きだって――この前の大会か何かで聞いたことがある」
「……そうなんね。じゃ、じゃあ、この店で一番人気のあるのはどれね」
 店長は無言で、緑色の……よく分からないモチーフのぬいぐるみを指差した。
「最近では、このカエルが良く出るね。おっさんには何がいいのか分からないけど、ケロぽよとか言ったかな……学校でも人気らしいから良いんじゃないかな」
「……じゃあ、その中くらいの」
 あまり大きなものを買っては、袋に入らない。ぬいぐるみをそのまま持って歩くのは少し気が引けると鉄平は思う。
 会計を済ませ、ぬいぐるみを袋に詰めている店長がぽつりとつぶやいた。
「……喜んでくれると良いな……でも、無理やり渡すのはやめときなよ」
「言われんでも分かっとる」
 ぶっきらぼうに鉄平は言って、乱暴に袋をつかんだ。
「……何が何だか分からないけど、ラッピングサービスしといたよ。あんまり乱暴に扱うんじゃないよ」
 鉄平は……しばらく迷った後、ほんのわずかに頭を下げ、
「……気を遣ってもらって悪いんね」
 と呟き、店を出ていった。
 ***
「……おや、北条鉄平さんじゃあありませんか。こんなところでどうしたんです」
 店を出ると、あまり会いたくない人物がいた。
「なんね。……あんたもこの店に用かいね」
「……まさか。ちょっとね、連絡を受けて様子を見に来たんですが、杞憂だったようですね」
 んっふっふ、と、特徴的な笑い声をあげるのは大石だった。その横には青二才風の男も立っている。
「……大石さん、この方は」
「北条鉄平さん、古出梨花さんと仲良しの北条沙都子さん、知ってるでしょう? 彼女の叔父さんですよ」
「……それは。私は赤坂と言います」
 良く鍛えられた体つきの若者は折り目正しく一礼をした。いかにも武道を嗜んでいそうな所作に、鉄平は身構える。
「北条さん、そんなに固くならなくても良いですよ」
 またもや笑う大石を尻目に、鉄平は舌打ちしたい気分に駆られた。さっさと歩きだそうとした瞬間に、大石が鉄平の手にある袋を目ざとく見つけた。
「おや……珍しい袋を持っていますね。包装までしてもらって……まさかとは思いますが、この前助けてあげた可愛い姪御さんへのプレゼントですか?」
「そうなんですか。いい叔父さんですね」
 事情を知らない赤坂が屈託なく言い、場の空気が弛緩する。
「……ああもう、なんね、皆して今日は寄ってたかって……」
「んっふっふ、本当にそうなんですね? ……私たち、これから丁度、北条沙都子さんと古出梨花さんの家に伺うところなんですが一緒に来ますか?」
「それはいいですね。北条さん、どうですか?」
 鉄平は逡巡する。……一人で行くよりは、沙都子の警戒心も解けるだろう。だが、この二人の前でプレゼントを渡すなんてことが自分に耐えられるのか、自信がなかった。それに、楽しい時間を自分が邪魔してしまうんじゃないかと……怖くもあった。
「……丁度いい。これ、沙都子に渡してくれんね」
 ぶっきらぼうな物言いと共に、鉄平の手にあった袋が大石と赤坂に向けて差し出された。
「渡せんかったら、家の前に置いてくれてもええ」
「北条さん、あなた……」
 本当に変わりましたね、と大石は言った。
「……私にはご事情はよく分かりませんが……でも、本当に良いんですか。直接渡さなくて」
「赤坂さん。……北条さんも沙都子さんも、難しいお年ごろなんですよ」
「……ああ、沙都子ちゃんも反抗期ですかね。……うちの娘もいつか来るのかなあ……」
 どこか間の抜けた赤坂の発言に、鉄平と大石は苦笑を浮かべる。
「……では、確かに預かりました。きちんと、あなたからのプレゼントだと伝えますからご心配なく。んっふっふ」
「誕生日プレゼントか何かですか? こんな大きな包み……」
「あ、ああ」
 鉄平はなぜか決まり悪げに頷き、そして躊躇いながら……言った。
「それから……いつか一緒に麻雀卓を囲んでくれんかと、伝えてくれんか。……沙都子はああ見えて、麻雀が上手いらしい」
「よぅく知ってますよ。なかなか筋がいい。私が教えた燕返しもあと少しで出来るようになりそうなくらいですからね」
 大石と赤坂は踵を返し、手を振りながら梨花と沙都子の住む家に向かっていく。ふと大石が振り返り、北条さん、と少し大きな声で呼びかけた。
「……私たちね。これから、麻雀をしに行くんですよ。……あなたと沙都子さんが卓を囲むときには……私も是非ご一緒したいものですねえ」
 でも、雀荘はダメですよ。と大石は笑いながら言いつつ去っていった。
「ああもう、分かっとるんね」
 苛立ちながら言った鉄平の言葉は大石に届いたが……手間、かけるんね、という小さな声は、風にかき消されたのかもしれなかった。
 
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rido
こんばんは!ありがとうございます、ゆるっと見ていってくださいね
05:48
rido
こんばんは!ありがとうございます、ゆるっと見ていってくださいね
64:35
rido
終わりです!ありがとうございました。
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沙都子生誕祭向けワンドロSS
初公開日: 2021年06月24日
最終更新日: 2021年06月24日
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