彼女は傷だらけの直哉をほぼ引きずるようにおぶって歩いていた。顔半分は潰れ、背中には包丁が刺さったまま満身創痍の直哉は既に生きているのかわからないほどだが微かに呼吸音が聞こえるのでまだ無事であろう。そう思いたい。包丁は抜いたほうが良いのかそのままの方が良いのかわからず結局そのままにして、先を急ぐことを選んだ。
 彼女に比べて直哉の体は大きく、また書生服ではわかりづらいがその体つきはがっしりとしていて彼女が背負うのは難しい。彼女は何度も潰されるように転びながら前へ進んだ。
「直哉様、私が必ずお助けいたしますから、どうかそれまでご無事で……!」
 彼女には誰がなぜこんな真似をしたのかわからないが、これを為した者に直哉を助けようとしているところを見つかってしまったら今度こそとどめを刺されてしまうかもしれない。そんな恐怖と戦いながらはあはあと息を切らし震える足を叱咤しながら歩いた。
 彼女はなんとか屋敷の外までやってきた。またそこでべしゃっと転ぶと誰かに声をかけられた。助けを求めようと必死で顔をあげ声をかけると、たまたま帰ってきた禪院の家の者──しかも躯倶留隊の一人らしい。彼女はここはもう危ないから離れたほうが良いということと、直哉を病院まで運んで欲しい旨を喉を枯らしながら伝えた。
 彼は屋敷をちらりと覗き、その有様と、彼女が背負っているのが見たこともないような傷を負った直哉だということに気づき彼女の言葉を信じて直哉を病院まで運んでやった。──彼も後に真希に殺されてしまうのだが。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
 直哉を抱えて足早に去る彼に彼女はひたすら繰り返していた。
 直哉はなんとか一命をとりとめた。ピッピッと心音を証明する機械の音が病室に響く。
 まともに眠りもせずに──というより、この状況でまともに眠ることなどできまい──ずっと直哉に付き添っていた彼女はベッド脇の椅子に座ったまま、ベッドに体を伏して寝てしまっていた。その手は祈るように直哉の手を握っていた。
 その時、何日も眠ったままだった直哉の手が彼女の手を僅かにきゅっと握り返した。眠っていた筈の彼女ははっとして起きた。今、直哉は確実に私の手を握ってくれたと微かな力を確信した。
「嗚呼……生きている……直哉様は生きているわ」
 彼女は泣きながら直哉の手の甲に口づけた。すると今度は直哉の声が降ってきた。
「泣く、な」
「直哉様! 意識が戻られたのですね!」
 彼女は医師か看護師を呼ぼうと席を立とうとしたが、直哉がまた弱い力で彼女の手を握りそれを阻んだ。
「いくな」
 前までは鋭く透き通っていた声は今はがらがらと掠れてしまっている。直哉の口を覆う酸素マスクが吐息でぼおっと曇った。
「私はずっと直哉様のお側におります。どうかあまり喋らないでください。お体に障ります」
 彼女は椅子に腰を戻し、直哉の負担にならない程度の力を込めて手を握り直した。
「俺はなんで生きとるんや」
 直哉が囁くように言う。
「私が屋敷の外までお運びしました。そこにたまたま躯倶留隊の方がいらっしゃって、病院まではその方にお願いしました。私が運んでいる間は何度も転んでしまって、申し訳ありませんでした……」
「そうか、オマエが……」
 直哉はふー、と息をついた。彼女はたまらなくなって、酸素マスク越しにゆっくりと直哉に口づけを落とした。直哉は僅かに開いていた目を更に細めた。
「私はお側を離れませんから、どうかゆっくりお休みください。今一応人を呼びますね」
 彼女がナースコールを押し、直哉の意識が戻ったことを伝える。その間も勿論直哉の手は握ったままだ。
「これから直哉様のお世話は全て私がいたしますから」
「そんなんどうでもええわ。治ったらすぐクソほど稼いだる」
 いつもの威勢に戻った直哉に彼女は心底ほっとした。
「マスク外してええから、ちゃんとキスして」
 珍しい直哉の甘いおねだりに内心驚き照れながら、医師たちが来る前にと彼女は一瞬だけマスクをずらして直哉の唇に直接口づけを落とした。音もしないほど優しく一瞬だけ触れてすぐに離れた。すぐさまマスクを戻してやる。
「治ったらまず私にもキスをしてくださいね」
 彼女は直哉の手に頬をすり寄せながら言った。
タイトル:触れない口づけ
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マロリク
初公開日: 2021年06月20日
最終更新日: 2021年06月20日
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声出しテスト兼ね
二次創作、夢小説につきご注意ください
じゅじゅ、直、※本誌内容