———卒業式
校内が人で溢れかえっていた。左胸にリボンを付けた卒業生たちが各々、友人、後輩、先生、と別れを惜しんでいる。その光景を横目に足早で図書館へと向かう。
左手には卒業証書が入った丸筒をぎゅっと握りしめ———
きっと彼もここに来るに違いない。約束はしていないが、自分と彼はよく似ている。だからといって、必ずしも考えや想いが一致するとは限らない。けれど今は、今だけはその可能性に賭けてみたい。
誰もいない教室を横切り、廊下を階段を駆け抜ける。外から賑わう沢山の声が耳に届いた。いつもは煩わしいなんて思っていたのに、今日はそれが寂しいとさえ感じてしまう。そういうものなのだ。
白のプレートに黒い文字で『図書室』と書かれた目的地に着く。
扉を開ける前に、身嗜みと呼吸を整える。あの柔らかな笑みで迎えて欲しい、けれど、このまま会えないのもいいのかもしれない。そんな二律背反な想いが心の中でせめぎ合う。
瞳を閉じる。息を整えたにもかかわらず、ドクドクと脈打つ大きな音が、自分の何もかも全てを支配する。煩くて敵わない。はー、息を長く吐き出し、ゆっくり瞼を上げた。
ドアノブを回し、扉を恐る恐る開けて中に入ってみると、その人は窓際で佇んでいた。春の日差しに照らされた彼は、思わず息を呑んでしまうほどに美しかった。
足音に気付いたのか、彼の視線が外からこちらへ向けられる。
「——ああ、一ノ瀬、来てくれたか。会えて嬉しいぞ」
「聖川さん、私もです。あなたに会えて良かった」
彼の元まで歩んでいく。眉を下げ、微笑んで迎い入れてくれる彼。
「卒業式、お疲れ様でした」
「お前もな。卒業おめでとう、一ノ瀬」
「聖川さんも」
そう二言、三言だけ交わすと、並んで外を静かに眺める。ここ最近、暖かくなる日が多かったせいか、この日に合わせられたかのように、桜が満開に咲き誇っていた。
隣をちらりと見やる。目を細め、心地よさそうにしている彼に胸が高鳴った。
「……今日は天気が良いですね」
「そうだな、」
「……いつ、引っ越すのですか」
「今月末には、だな。お前は?」
「私は、二週間後くらい、ですかね」
「そうか……」
また沈黙が訪れる。いつもは無言になってしまったとしても全く気にならなかった。その流れる穏やかな空気が好きだった。けれど今はどうだろう。
これが、彼と過ごせる最後の時間なのだと意識してしまうと、ああ駄目だ。だからあまり考えないようにしていたのに。このご時世、電話やメール、SNS、なんだって繋がれるツールは山ほどあるけれど、彼とこうして隣で目を見て、言葉を交わして、笑い合って——そうして、時折微かに触れる彼の体温を一度知ってしまうと、それだけじゃもう物足りないのだ。
「……俺たちは今日ここで別れるが、またどこかで会えそうな気がするんだ」
「——ッ!連絡します、会いにだって行きます!だからっ!……だから、そんなこと言わないでください」
「ははっ、……ああ、俺だって」
嘘だと思った。彼は嘘を吐いた。なぜかは分からない。でも、彼はここで最後にしようとするつもりなのだ。
むっと、彼に拗ねてみせる。
「……聖川さんの嘘つき」
「ふふ、俺はそんなに信用がないか。……ならばこうしよう」
彼がおもむろに名前を呼ぶ。
「——十年後、ここでまた会わないか。お互い覚えていたら、だが」
「あなたとの約束を私が一度でも忘れたこと、ありましたか?」
「……、そうだな。そうだったな」
彼が目を丸くした後、小さく笑う。そして、小指を前に差し出した。
「約束しよう。十年後、俺たちはこの桜の咲く季節にここで会うと。そうしたら、」
彼はそこで言葉を切り、一瞬だけ視線を外に移す。
「お前の想いを教えて欲しい。もちろん、俺の想いも伝えよう」
「え……っ、」
ちょうどその時、音を立てて風が強く吹いた。開いた窓から桜の花びらが勢いよく入り込んでくる。
桜のカーテンの向こう側で、僅かに彼の唇が動いた。ような気がした。薄ピンク色に染まった視界の隙間から、泣きそうな困惑したような、今まで見たこともないような表情をしていた。
目尻に涙の痕跡。もしかして、泣いていたのだろうか。その真相は不明だ。
それでも彼は、そんな姿すら綺麗だった。私はずっとこの景色を忘れないだろう。
「ではな、一ノ瀬。達者で」
「ええ、あなたも」
彼はそう言い残して、部屋から去って行く。
「聖川さん!」
「……なんだ?」
「——約束、絶対に忘れないでくださいね」
彼は振り返って、微笑んだ。返事は、なかった。
———彼と初めて出会った日のことを思い出した。同じ教室だった。
周りからいい意味で浮いた存在の彼は、休み時間になるといつも窓を眺めていた。そのアンニュイな横顔に惹かれるまでに、時間は掛からなかった。
ある日、彼は本を読んでいた。それは偶然にも自分が読んでいる作者の別作品で。些細なきっかけ。すぐに仲良くなった。
次の春、クラスが変わった。図書室で待ち合わせるのがいつの間にか二人の中で決まりになっていた。勉強をしたり活字の海に溺れたり、内緒で話をしたりもした。
学校の帰り道や、休日には二人で出掛けることも増えた。凄く楽しかった、家に帰ると寂しくて仕方なかった。それから数え切れないほど、二人で思い出を作った。
最初は憧れだった。同性が同性に抱く、格好いいだとか、考え方、生き方、そういう尊敬できるものが彼には沢山あった。自分もなるなら彼みたいな真っすぐな人間になりたいと。
それがいつからだろう、気付けば恋心に変わっていた。けれど、それを彼に伝えようとは思わなかった。迷惑かもしれないと、これは自分の迷いかもしれないと思ったから。でも、それは気の迷いでもなんでもなかった。だからよりその気持ちを、感情を深く深く眠らせた。
もし、今日会えたら言おうかと思った。……けれど結局、言い出せなかった。
彼がそれを望んでいるように見えなかったから。
「……あなたが好きです、聖川さん」
誰もいない図書室に一人。小さく呟く。
きっと、この恋心は一生褪せることなく、脳裏にはいつまでもずっと愛しいあなたが微笑んでいる。一筋の涙が頬を伝った。
今日は終わりではなく、始まり。これから永遠の道程が待っている。
それでも、再びまたこの場所で並んで満開の桜を眺められることを信じて。
カット
Latest / 140:08
カットモードOFF
119:40
柚南(ゆずな)
この話を加筆修正したら配信終わります
140:04
柚南(ゆずな)
配信終了します。閲覧ありがとうございました!
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
寒色再録本に収録する作品の加筆修正
初公開日: 2021年06月19日
最終更新日: 2021年06月19日
ブックマーク
スキ!
コメント
タイトル通りです。
今まで書いた作品を直していくだけの作業。
トキマサです。
とりあえず、一旦は全年齢から。途中から成人向けになるので、その時はまたそれ用に変更してライブします。