「ココ君ってさぁ、何で族なんか入ったんだろうな?」
ことの始まりはこの一言だった。
十代目黒龍はやれ抗争だ、やれ大人の小難しい依頼だと日々忙しく活動していたが、その日は珍しく暇だった。俺はその黒龍のしがない下っ端で、ボスはじめ隊長格が皆用事だ何だとアジトを空けていたから、他のメンバーと共に留守を守るよう仰せつかっていた。
アジトといっても、よくある不良のたまり場などではなく、そこは金を出して借りている立派な事務所だ。正直俺の家より数倍綺麗で、ここにいると暴走族って何だったっけと思わないこともない。
俺達がこんな部屋を拠点にできているのは、ひとえに十代目黒龍の新鋭隊長・ココ君こと九井一の手腕のおかげだった。
クーラーのきいた部屋でソファーに座る。普段、そこはボスやココ君、それに特攻隊長の乾君の特等席であり、下っ端の俺達など絶対に座ることのできない場所だ。だからこそ、留守番をしている今がここで寛げる数少ない絶好の機会だった。
そんな「憧れの」ソファーで伸びをしながら、俺の隣に腰かける「下っ端その2」が、何気なく呟いたのだ。
「こんな場所アジトにできるなんて、黒龍やべぇよな。どこのチームでもないぜ、こんなん」
綺麗に整頓された部屋を見渡しながら、その2は呑気に欠伸をしていた。
それを横目に「まぁな」と同意したのは「下っ端その3」だ。ちなみに二人とも俺の高校の同級生でもある。
「ココ君が準備したんだろ? 俺らガキなのにどうやって契約できたのかは知らねぇけど」
「賃料も全部チームの利益で賄ってるらしいし、どうしたらガキがこんな大金稼ぐ方法思いつくんだよ? 俺らと同い年とは思えねぇよな」
ココ君はとにかく頭がいい。いや、勉強の出来など知らないが、日々指示を受けている側としては、とんでもなく頭の回転の速い人なのだということだけははっきりと分かる。ココ君の指示さえあれば、俺達兵隊は考える必要なんてない。ただ言われたことをすれば全てが上手くいった。
ただのガキの集まりである黒龍がここまで大きな組織になれたのは、当然ボスである柴大寿の凶悪なまでの強さとカリスマ性や、喧嘩が強く俺達下っ端を率いてくれる乾君の存在あってこそだが、それを利用して大金を作り出すココ君の力でもあった。
腕っぷしがものを言う不良の世界において、ココ君は異色も異色だ。
別に弱いわけではないが、強くもない。ただ、十代のガキとは思えないほど頭がキレ、金を作り出して組織を大きくする能力に恐ろしいほど長けていた。
黒龍のメンバーは、ボスや特攻隊長である乾君から絶大な信頼を受けているココ君を勿論尊敬しているし、もはや軍隊のようになったこのチームはココ君の指示なしには立ち行かない。
けれど、チームの誰もが一度は疑問に思ったはずだ。
――なぜ、ココ君が暴走族になど入っているのか。
それこそ、その頭を駆使すれば泥臭い喧嘩などせずとももっと大きなことができそうなのに。見るからに「無駄」や「非効率」を嫌いそうなココ君の選択としては些か不可解だ。
「なぁ、ココ君ってさぁ、何で族なんか入ったんだろうな?」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、その2とその3は「さぁ?」「知らねぇ」と口々に返事をした。
まぁ、それも当たり前だ。そもそも近寄り難いココ君に「何で暴走族やってんスか?」なんて聞けるような命知らずなどいるはずもなく、少なくとも俺達のような下っ端は誰もその真実を知ることはできなかった。
そんな中、その2がふと思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、ココ君って●●高だろ?」
「●●高? 偏差値バカ高ぇ金持ちのお坊ちゃん校だぞ?」
●●高といえば、この辺りでは有名な中高一貫の進学校だ。俺達のような不良には縁のないやたらと偏差値の高い金持ちの私立だが、まさか我らが親衛隊長がそこの学生だったとは驚きだ。
確か中学の頃、プライドが高く勉強しか能のないクラスの「優等生」がそこに受かったとかで、担任が大袈裟に喜んでいた覚えがある。確かあいつは医者の息子だとか何とか言っていた。
「この前制服着て歩いてるとこ見た。あれは間違いなく●●高だぞ」
「マジかよ……。まぁ、そこらへんの公立よりかは納得だけどよ」
「なら家も金持ちのはずだろ? ますます族に入りそうにねぇけど」
金持ちの息子、というだけならば暴走族にだってちらほらといる。けれど、そういう奴らは決まってろくに学校にも通わず、勉強などする意味がないと考えている人種――つまり、俺達と同じ「バカ」なのだ。
ココ君のような、いくらでも器用に大人の信用を簡単に勝ち取れる側の人間が、暴走族という生き辛い場に足を踏み入れる理由がますます分からなくなった。
「あー、ココ君の隊の奴に聞いたんだけど。ココ君って『強ぇ奴が好き』なんだってさ」
「へぇ。意外と暑苦しいのも好きってことか?」
「さぁ? でもそれなら黒龍に入ったのも納得じゃねぇ? 何つってもボスはめちゃくちゃ強ぇし」
「なるほどなぁ。ボスの力に惚れこんで入ったってことか」